バグママのお話、興味深く読ませて頂きました。
まず、オランダの人々が、何もせず、英語をマスターしている訳ではない、ということ、ほんとに思いがけないものでした。
私は、中国語という外国語学習をスタートしたところです。たまたま夫の駐在に同行し、生活を進めていくうえで必要不可欠である、という理由を、新たな外国語習得に向けての、モーティベーションとしているのです。
敢えて、そう言うのは、駐在員夫人にとっての中国語を習うイコールサバイバルチャイニーズを越えることを目標としている、ということです。
上海の生活以前に、ケニヤ、マレーシア、タイと3カ国での駐在経験を経ています。ナイロビ、クアラルンプールは、英語が通用する街でした。しかも、高校以上で学んだ英語は不要の、中学英語で事足りる程度でありました。
それらの国々で、英語が一般的に使われている背景には、過去の歴史が大きく関与しています。
そこを思う時、単に「日本人のように苦労しなくて済んで、ここの人達はいいわね」との気持ちは消えますが、新たな言葉に困惑する必要のないことは有り難いものでした。
ところが、3カ国目のタイで、そんな甘さを思い知らされたのです。バンコクに到着するなり、目に飛び込んでくる絵文字と、聞きなれない音調の言葉。
“英語が通じない外国”それまで体験したことのない三重苦=読めない、書けない、話せない、の不安感で一杯になりました。
後になって、その気持ちを慰めあわん、と話題を振った私に意外な反応が返ってきました。
「あら、日本語がけっこう通じるので、安心したわ。英語が出来る人はそんな風に思うものなのね」
タクシーに乗れ、レストランのオーダーが出来るレベルに到達して以来、英語をすっかり追い払い、ホテルなど英語が通じるところでも、頑なにタイ語を話そうとする私は、「英語でいいんじゃない?」と不思議がられもしました。
その頃には、日本人が英語で話す事が、不遜で高慢なように思えるようになっていたのです。
この感情はアメリカや、ヨーロッパとは異なる、東南アジアという地域性によるものでしょう。
しかしサバイバル・タイを超えるにはモーティベーションが必要でした。
幸いというか、私は早い時期より、その格好の目的を見つけていたのです。バンコクのスラムでのボランティアは、タイ語無くして何もできなかったのです。
小学生並の読み書きがやっとできるようになり、いくばくかのお手伝いが出来るようになったところで、駐在期間を終えたのは残念でしたが、取り合えず、タイにより多く係われたことにだけを由として、しばしの休息後、ここ上海に一ヶ月前にやって来ました。
上海でのテレビを見ても、英語教育に力を入れていることは明白です。書店にも沢山の教材が並びます。
テレビの英語能力競技番組で、中学生の男の子に出したひとつの課題は「中国語を習い始めたものの、難しいからもう辞めた!という外国人にどうやって、キミは、続けるように励ましますか?」でした。
持ち時間1分間に、彼は、見事な英語でしゃべり続けました。
「ほら、考えてもご覧よ、中国ってこれから世界を征圧するようになるよ。英語に並ぶ世界共通語になるんだよ。その時絶対あなたは、中国語が出来て良かった、と思うさ。せっかくこうして中国に住んでいるんだから、努力すれば、出来るようになるよ。頑張って。ちょっとづつでいいから 絶対、結果につながるよ!」その名回答、パフォーマンスぶりで、彼は審査員達から高得点を得ました。
これらの子供、若者たちが数年後、大きな力になって行く事でしょう。実際思いがけず、流暢な英語で対応してくれる、若い店員さんに出会うことがあります。
「今や、優秀な学生は、英語を目指す。英語学科に通らなかった学生が止むを得ず、日本語を選ぶ」という自嘲的な記事を目にした時は苦笑してしまいました。
こんな風に、すっかり相手にされなくなりつつある、日本ですが、何の為の英語教育か?グローバル化?
では、世界の一員になるということはどういうことか?
という、前提さえ、あまり、語られていませんよね。
日本はどういう国か、ということにも、妙な気遣いで向き合うことを避け続けてきているではありませんか。
こうやってお話を聞いてみると、たかが外国語、されど外国語。外国語に対する意識にお国柄があり、人によってもまた捉え方が違うのですね。中国の中学生の言葉は視野の広さ、スケールの大きさを感じさせます。
また、日本人が英語で話す事が、不遜で高慢なように思えるようになっていたのです、というMエクアさんの言葉はアジアでの日本人のあり方を示唆しているように思えます。 |
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