閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
   ノー・マンズ・ランド


  最近「カンダハール」「少年と砂漠のカフェ」というイラン映画を観た。何れもアフガニスタンに絡んだ話だが、テロ事件以前に作られたものである。このような映画を観るにつけ、アフガンの内戦の救いようのない悲劇を思い知らされる。
  前著「閑中忙あり」で「ブコバルに手紙は届かない」というユーゴ内戦をテーマにした映画の事を書いた。当時「パーフェクト・サークル」とか「ユリシーズの瞳」とかユーゴ内戦をテーマとした映画が何作か作られた。何れも際物ではなく、中々の秀作ぞろいであった。
  今回見た「ノー・マンズ・ランド」もユーゴ内戦の物語ではあるが、前記の作品と異なりスペクタルものでなく、演劇に近い濃密なつくりになっている。そしてこの救いようのない話をややコメディ・タッチで描いて観る者に救を与えてくれる。さすが本年度のアカデミー賞・外国語映画賞を受賞しただけの事はあるといえよう。

  セルビア軍とボスニア軍が対峙している。その中間に塹壕があるが、敵がいるのか味
方がいるのか分からない。セルビア軍から斥候が出される。ベテランは新米を連れて行く。漸く濠に辿り着いたが誰もいない。このときボスニアの兵士の屍骸が見付かった。セルビア兵は屍骸の下に地雷を仕掛ける。屍骸をどけるとバネが上がって爆発するという厄介な代物。
  ところが無人のはずの壕の中にボスニア兵がいた。彼の射撃によってセビリアのベテランが死ぬ。その時死体が息を吹き返す。然しこのボスニアの負傷兵は一寸たりとも動けない。かくして地雷の上に寝ているボスニアの負傷兵、それを挟んで対峙するボスニア兵とセルビア兵の遣り取りが続く。これがコメディー・タッチで中々面白い。そしてこれにUN軍と世界中から集まるマスコミが絡んでくる。
  二人の兵士は互いに疑心暗鬼で武器の取り合いになる。武器を取ったほうが急に威張り出す。然し色々と会話を交わしているうちに、ボスニア兵の彼女がセビリアにいて、然もセビリア兵の学友である事が分かる。二人の間は急速に親近感が増す。
  二人は一計を案じ、裸になって塹壕の上にあがり、白旗を振ってお互いの軍に援けを求める。双方の軍はUN軍にそれぞれ援けを依頼する。
  UN軍の装甲車は現地に赴く。サージェントは事情を聞き、地雷処理班を呼ぼうとする。然し無線による上官の強い指示で撤退せざるを得なかった。セルビア兵はこの車に乗せてもらって帰ろうとする。その時ボスニア兵がセルビア兵を打ち、動けないようにする。もしセルビア兵がいなくなったら、忽ちセルビア軍が攻めてくる。然し自分は僚友が地雷の上にいるから立ち去れない。UN軍は去ってしまう。再び両者の睨みあいがつづき、憎悪は増すばかり。
  UNのサージェントは何とか彼らを助けたいと思った。そこでマスコミを味方につける。マスコミにとって地雷の兵士の救出劇は格好の話題。UNのボスの行動を一斉に非難する。ボスはたまらずサージェントに地雷の兵士の救出を命じ、自らもヘリで現地に飛ぶ。
  やがてドイツ人の地雷除去の専門家がやってくる。然しこの地雷は構造上信管を取り外せない事が分かり帰ってしまう。憎しみ会う二人の兵士が隙を見て打ち合い死んでしまう。UN軍は引き上げる。マスコミもまた。一寸たりとも動けない地雷の上のボスニアの兵士が、一人塹壕に取り残される。エンディングはそれを俯瞰するシーン。

  マスコミにいい顔をしたいが、面倒には一切関りたくないUNの上層部。救出したいがなすすべを失ったUNの現地軍。お互い憎みあい打ち合いの上死んでしまった二人の兵士。スクープだけが欲しいマスコミの人々。残されたのはノー・マンズ・ランドで死を待つ一人の兵士。

  かってフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」の中で、イデオロギーの対立による戦いは終わり、世界は一斉に自由な民主主義体制に向かって歩み始めていると述べた。然しそれからである。所謂民族紛争が世界各地でひどくなったのは。
  この映画の舞台ユーゴ内戦も大変であった。それにしてもチトーは偉かった。二つの文字、三つの宗教、四つの言語、五つの民族、六つの共和国、七つの国境というモザイクを一つの国家に纏めてきた。ナチスに対抗、ソ連にも対抗、国家としての独立を守ってきた。然し人間は共通の敵が居なくなると、身勝手な欲望が持ち上がってくるものだ。それ故、歴史を見ても為政者は常に外部に敵を作って目をそらしてきた。アメリカも鉄鋼業が不振になるとすぐ日本のダンピングだと騒ぐ。自動車も同様である。
  
  調停者として国連があるではないか。然しこれも頼りにならない。各国の思惑が違い、超大国の影響力も弱まった来た。ユーゴ紛争の時、西側諸国が空爆実施に傾いた。セルビアと関係の深いフランスのミッテランが空爆を中止させる為にサラエボに赴いた。UN軍は住民の期待に反して、住民の命を守るのではなく、人道援助物資を守る部隊になってしまった。国連は中立的態度をとる事に終始し、危険やトラブルを避けてきた。その後国際世論の高まりに漸く空爆に踏み切ったが、内戦の終結まで三年半の年月が掛ってしまった。
  アフガニスタン、パレスチナ、イラク・・・どの問題をとっても国連に解決能力がない。大国アメリカが自国の利害だけを考え、強大な軍事力をバックに事を起せば、更に大きな紛争の種をまく事になるだろうし、各国も安易にアメリカに協力せず、ひたすらアメリカの自制を求める事になるであろう。
                            ( 2002・07 )