-第四回- June 16, 2001参考資料


スイス・日本ハイテク比較論


日本と並んで、最も資源がなく、従って最も知識集約型としての発展を遂げたスイスハイテクの歴史の発端は、16世紀から17世紀にかけて迫害の強まったフランスのユグノー新教徒がスイスに流れ込んだ際、繊維加工、特に絹織物の専門家達が製造ノウハウを持ち込んだことに起因する。 そして、1848年のウイーン会議によってスイスが始めて永世中立国として国際的に認められた頃から、各種技術の専門家達が分野別に所謂'ギルド'と称する熟練工の組織を形成し、時計を中心とするあらゆる種類の精密加工、繊維加工と水力発電、輸送技術に土木建設等、幾多の産業が振興するに至った。特に、山間開発にもとづくエネルギー開発と交通網整備に関わるノウハウが注目されたのである。

今一つの例は、バーゼルの医化学コンプレックスの誕生であろう。その発端は実は1844年、時のフランス政府が個人による特許申請を禁止する法令を施行したことから、幾多の科学者達が群れをなしてスイスになだれこんだのが発端と言われる。そして、彼等はその後、マサチューセッツ工科大と並んで東西科学の殿堂の双璧とされるチューリッヒ工大、バーゼル大研究班等を筆頭とする幾多の大学・研究機関の協力支援によって、世界トップレベルの化学コンプレックスを築きあげたのである。

かくしてスイスは、その小さな存在に関わらず、あらゆる産業部門の技術の専門家とそれに関係する会社群を網羅しており、半導体についても総ての関連設備が自国で生産できる、おそらく日本以外には例を見ない存在である。

ミュンヘンの欧州特許本部(EPO)が最近発表したところでは、十万人当りの一年特許申請数はスイスがダントツで237、次いでドイツ96、日本60、米38とのことであった。

相前後して、ワシントンの世界競争力診断研究所(Council of Competitiveness)の発表によると創造力については日本に次いでスイスが第二位。 以下米国、スエーデン、独、フィンランド、デンマルク、仏、ノルウエー、カナダの順である。Wall Street Journalも最近、スイスを' Powerhouse of innovation' と賞賛の記事を掲載している。

スイス産業全体を眺めてみると、事情は違うとはいえ、過去数年間、日本と同等以上の壮絶なる政治的・経済的リストラの嵐に耐えてきた。NESTLE, NOVARTIS, ABB, SULZERに代表される主幹産業はいずれも、スイス以外に生産基地を移し、税対策を主体として持株会社機構のみを本国に残す形を取るか、他の多国籍産業に身売りし、いずれにしてもスイスの会社としての実体は消滅する状態となったのである。他方、ここ数年にして突然、無数のハイテク分野の中小企業群が群れをなして誕生し、いわゆる世界の隙間産業のリーダーと目されるポジションを築きあげるという現象が起こった。

翻って日本はどうかというと、所謂'隙間産業'の裾野の広さに関してはこれまた世界に類を見ない。かくして、この分野について、スイスとの比較を考察すると、極めて興味深い事実が理解されるのである。

米国が、世界の電子・情報産業を支配し、好景気に恵まれる株式市場の大半を支えていることは万人の認めるところであるが、その反面、関連部品については、完全に日本の支配下にあることを知る向きは意外と少ない。例えば、情報産業の生命である米国全土の回線ディジタル化は、日本にそっぽを向かれると直ちに挫折するのである。
他方、スイスの場合は、電子・情報産業においては日本程決定的重要性はもたないとはいえ、これまた予想外に多くの企業が、上記の隙間分野で活躍している。
以下、日本との比較において幾つかの例をあげよう:

l シリコンウエファーの世界生産の九割は、信越半導体、小松電子など、日本の企業が抑えており、又、生産設備の面でも世界市場の七割を押さえている。
他方、スイスには、シリコンカッターの世界的リーダー、CTSが存在し、日本にも無数の設備を輸出している。
l 日本は東京精密、新川製作所など、半導体製造部門の世界的リーダーが幾多存在する。
スイスも、これに匹敵するESEC、自動組立装置のCICOREL, 注文生産ICのMICRONAS、極小メモリー開発のVALTRONICなど、世界的な名声を博する会社が幾多存在する。スイスが、日米以外では、半導体一貫設備を全て国内調達出来る世界でも唯一の存在であることは、案外知られていない。

l メモリー用のセラミック、プラスチックパッケージは日本の完全な独壇場(京セラ、住友化学)である。
他方、スイスにはCD生産の4M, その為の真空蒸着システムのUNAXIS-BALZERSが夫々世界的リーダーとして存在する。
l ディジタルカメラ、DVDなど家電用電子製品、極薄LCDの開発などの機器・コンポーネントの開発分野においても日本は世界を制覇している。
他方、スイスにもマウスの世界リーダーLOGITEC,対話式有料TVデコーダーの王者KUDELSKI等が世界的名声を博している。皮肉であるが、元々職業用デンスケの王様NAGRAのメーカーとしてかって日本を制覇したKUDELSKIは、前記については、全世界で日本のみ、種々の規制の問題からまだ参入に成功していない。

l 両国とも超精密部品で不可欠なCNC旋盤、グラインダー、各種ロボットの分野で世界のリーダーを擁する。前者では日本は森精機、山崎鉄鋼、スイスはMICRON, KUMMER (テレコのスピンドルは全てこの機械で製造されている)後者についてはスイスはISMECA,
DEMAUREYなどが有名。
l 両国共、新素材、新設備開発について、有名校、研究所の積極的協力が盛んである。
スイスではETH(チューリヒ工大)、及び特に最近スピンアウト企業で世界的に注目されるEPFL(ローザンヌ工大)、WWWを生んだ欧州原子力研究所CERN, 基礎物理研究でこれ又世界のリーダー格のPSI(PAUL SCHAERRER INSTITUTE)などがある。

l 新製品開発専門の会社も、日本同様、スイスには無数に存在する。ユニークなケースとして、元時計研究所が変身したスイス・メカトロ研究所CSEMは、今や各種新素材、センサーのデパートとして世界的名声を博している。 ナノ単位材料開発で有名なEKFO,
コンポジット材で有名なスルザー傘下のINOTECなども特筆に価しよう。

l 光ケーブルで日本が世界を制している(住友、古川など)のは周知の事実だが、ケーブル製造装置については、スイスのNOKIA-MAILLEFERが世界的リーダーとされている。自動車パネル用ケーブル結束装置のKOMACも関連分野を事実上独占している。
l マイクロウエーブ、超音波、レーザーなど、新しい加工技術でも両国は注目されるものが多い。スイスのMTM社は最近、卵子の殻の穴あけ用レーザー装置で話題を呼んだ。

以上のような両国のケースは、更にバイオ、医薬関連などに言及するとまさにきりがなくなるほどである。

従来の技術部門においても、両国は技術革新が目覚しい。日本では自動車用コンソールスイッチで津田工業がフォード他世界中に輸出しており、横浜チューブフォーミングはハンドルバーのこれまた世界一のメーカー(シトロエンは同社を独占的に使用)、ファンモーターの神鋼技研、グラインダー加工に使用されるダイヤモンドボールの大阪ダイヤモンド、自転車ギアのシマノ、フォトラボのノーリツなども、隠れた世界のリーダー達である。

翻ってスイスは、例えば電流アダプタのASPRO,電圧測定器のLEM,空中の異物測定装置のTECAN,NOX検出装置のECOPHYSICS,宇宙リニアモーターのETEL, 超高速形状測定装置のSTREBEL,引き裂きフィルム包装のRYCHIGER,船舶スクリューのRYCHIGER, 自動車用精密アルミ部品のTHECLAなど、全く思いもよらぬところで世界的名声を博している会社がこれまたキラ星の如く並んでいる。

こういった幾多の例からみるように、両国は来るべき時代の新技術開発分野でまさに宝島的ともいえる、ユニークな存在を形成しているといえよう。而して、両国共、国の産業の九割以上を中小企業が占めていることも、ゆめ忘れてはなるまい。特に、スイスの場合は、最早スイスの大手企業といえる存在は事実上消滅したと言っても過言ではない状態となっており、まさにその将来は一に中小企業の如何に罹っているということがいえる。此等は、過去ずっとマスコミを初めとして、一般社会から無視され続けてきたのであるが、ここ数年、急速なグロバリゼーションと共に、ベンチャー投資環境も極めて良く発展する雰囲気となった。 

日本においては、主として政治的な理由から、こういったこの環境造りという面ではまだかなりハンデイを負っており、経済環境もいまだに極めて厳しい訳であるが、それだけに国際化はまさに存亡を賭けた急務であり、取り分け歴史的に、しかも構造的に日本の状況と極めて類似した面の多いスイス企業とのタイアップ強化は、最優先事項として考えるべきではなかろうか。