「学びのすすめ」について思うこと

文科省は今年になって次々と目新しい方針を打ち出している。例えば、
◎1月14日には、確かな学力の向上のための2002アピール・「学びのすすめ」が発表された。
◎「教科書に対する意見提出窓口」というものも設置され、1月28日から実施されている。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kentei/f_020103.htm
◎また、土・日曜日の子どもたちの体験活動の場の提供などについて、学習塾側に協力を要請する初の協議会を都内で開いた。

「学びのすすめ」は学力低下が懸念される中、文科省のこれまでの方針を維持しながらも「学習指導要領は最低基準」とし、現場の先生方の柔軟な対応をもって学力向上を目指そうとする文科省の狙いが読みとれる。幾つかの論評を読んでみたが、大方は文科省のゆとり教育路線からの方向転換を歓迎する論調だ。

確かに、これまで「全員が理解できる」事を目指すために、全員で「ゆとり」をもって「少ない授業時間」で「最低限の勉強をする」事を進めてきた文科省が、学習塾との連携を模索したり、余裕のある子供には更に勉強を深められるような授業を認めたことは、歓迎すべき方向だと思う。だが、真っ先に頭に浮かんだのは「これじゃ、実際に教室で授業に当たる先生方は、一体どう指導すればよいのか、戸惑ってしまうのではないだろうか」という疑問だ。

なぜなら、「新しい学習指導要領のねらいの実現に向けて」http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youryou/111/f_020101.htm
全文を読むと、文部科学省の管理監督の範囲はこれまで同様きっちり確保した上で、各学校に自由にできる部分もありますよとちらつかせて世間の批判をかわしているだけのように思えるのだ。

例えば、"児童生徒の状況等を踏まえると,個に応じた指導を一層充実させることが求められています。こうした観点から,新しい学習指導要領では教育内容を基礎的・基本的な内容に厳選するとともに,選択学習の幅を拡大しています。"と言いつつ、"新しい学習指導要領において削除された内容や,取り扱わないこととされている内容を,すべての児童生徒に一律に指導することは,新しい学習指導要領の趣旨にそぐわないものと考えます。"と制限する。これではあくまで授業の内容は文科省が管理するぞ、といってるのと大差ないのではないだろうか。その他"各学校の判断です"と言いながらその場合の判断基準にずいぶんと足かせをはめている。例えば"個に応じた指導の場面や選択教科において,児童生徒の興味・関心等に応じ,理解の状況を踏まえて,発展的な学習を行う際には,このような内容を加えて指導することも可能です。"の様な表現だ。

耳塚寛明・お茶の水女子大教授(教育社会学)は、今回のアピールについて、「国が教える基準を切り下げておいて、現場には学力維持のため努力せよ、というのは責任転嫁だ。国として、ゆとり路線転換の必要性を素直に認めるべきだ」と語る。私もそう思う。

「教科書に対する意見提出窓口」では、具体的な内容に関する意見を聞いてくれるそうだが、私は、そういう細かなことより何より、「学習指導要領は最低基準」と明言したなら、更に教科書だって、「これだけは教えなければならない」項目以外にも豊かな内容を盛り込んで、子ども達が興味を持ったらどんどん読み進められる、考えを深められる、そういう教科書を認めて欲しい。(指導要領を超えた記述もコラムの形で認められるようになったそうだが)

正木春彦東京大学農学部教授は、高等教育フォーラムの1月19日付け投稿の中で次のように述べている。 http://matsuda.c.u-tokyo.ac.jp/forum/message/3922.html
「ゆとり教育」のスタートではそうでなかったのが、新白書ではとうとう学習指導要領が最低基準であると明記されたそうで(まだ読んでませんが)、文科省の責任範囲もミニマムに抑える方針が明確です。その上の自由化の部分は、やる人の責任(あるいはやらない人の責任)となった。

今、官と社会の関係がものすごい勢いで変化しています。文部科学省だけではありません。どこの省庁も、取れない責任は初めから引き受けないという方針に変わっています。

政府を初めとする今までの権力側が、仕切り線をミニマムまで下げて、取れるだけの責任しかとらない方針に転換したために生じた自由化の部分です。そこの規範がない! あるべき規範とは、広く言えば市民のリテラシーかもしれない。しかし、判断力の基盤となる知識と知性、感性を広く育てるのは大変なことで、少なくとも社会の変化はそれを待っていてくれない。

文科省の方向転換は、少なくとも方向としては歓迎されるものだと思うが、正木氏の言うように、何の規範もなく、こんな混沌とした中で、しかももはや一刻の猶予も許されないような崖っぷちに立たされる今の日本の状況では、よほど一人一人がしっかりと考えて行動していかなければ、ますます混沌としてしまうのではないだろうか。
学校の先生方はこの状況をどのように受け取っているのだろうか、そこが一番知りたい点だ。
(Feb. 24, 2002)



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