閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
          

人類が消えた世界

            -----  アラン・ワイズマン

                  

少し前のことであるが、アメリカの映画で環境問題を取り上げたものを観た。地球温暖化により北極の氷河が溶ける。暑くなるのかと思ったら、海流が変わり、ニューヨ−クに大寒波が押し寄せてくる。街は大洪水。何と船が街角にやってくるではないか。当局は市民に暖かい所に避難せよと勧告を出す。そんな中で残った人達がいて、図書を燃やし寒さを凌ぎ、遂に歴史的に著名な聖書に火をつけ、一命を助かると言う話。

  ゴア氏が「不都合な真実」と言う本を著しアメリカで大変な反響があった。その後この本は映画化され、ゴア氏も来日した。この映画はドキュメンタリタッチで進められ、ゴア氏が説明役を務めていた。地球の将来に大いなる警告を発したものである。 

 

  アメリカは省エネも環境問題への取り組みも熱心でなく、日欧に比べて遅れている。京都議定書も批准されておらず、数値目標の設定も難航している。省エネにしても、ガソリンが値上げしたのでエコカーに変えようという経済的動機である。自分さえ良ければ環境などどうでもいいという発想である。そうはいっても最近漸く市民の間にも、環境問題に対する意識が高まってきているようである。

  そんな折、大変センセーショナルな本が出た。アリゾナ大学教授ワイズマンという人が「人類が消えた世界」と言う書を著し2007年のノンフィクション部門で第一位となった。これまでの環境の本は、環境が悪化して人類が生きていく上にこんな不都合がありますよと言うものであった。この書は人類が消えてしまった後の世界は、どうなってしまうかと言う大変ショッキングな話である。

 

  まず冒頭のグラビアに驚かされる。人類が消えたニューヨークの数日後の姿。排水機能が麻痺して地下鉄は水没。街は大洪水。2,3年後下水管やガス管などが次々と破裂、舗装道路から草木が芽を出す。

  5-−20年後木造住宅、続いてオフィスビルが崩れ始める。雷が落ちたら炎に街は包まれる。200年−300年後、つり橋が落ちる。500年後、オークやブナの森に覆われ、野生動物が帰ってくる。

  1万5千年後氷河に飲み込まれてしまう。30億年後、環境の変化に適した新しい生命が、思いもよらない形で誕生する。50億年後、膨張した太陽に飲み込まれ地球は蒸発してなくなってしまう。

 

  30億年50億年の先のことを考えてもしようがないが、人類が消えれば僅か20年後ニューヨークの街が崩壊し始めるとは。ニューヨークの地下には大量の水が流れている。排水作業によって辛うじて安全が保たれている。人類が消えたらたちまち大洪水。

  人が住まない木造住宅は、やがて隙間から水が侵入し、カビが大量に発生する。釘や配管は錆びてやがて崩落する。コンクリートのひび割れから水がしみこみ、それが凍ると体積を増してコンクリートを破壊してしまう。地下の部分は水没して、やがて鉄筋が腐食しビルは倒壊してしまう。ニューヨークのビルは元々水の中に建つことを想定していないので、浸水にはひとたまりもない。

 

  近頃我が家の周りにも空き家が目立つようになった。代がわりした若者は都会のマンションを好む。人が住まなくなった家は4,5年で廃屋になってしまう。丹精した植木は密林と化し、刈り込んだ芝生はススキとセイタカアワダチ草の共演。生垣は伸び放題で車の進行を邪魔する。街の景観を損ない迷惑だ。

  それでは近頃流行の高層マンションはどうか。これには莫大なメンテナンス費用がかかる。果たして住民は負担に耐えられるか。メンテナンスを怠ればニューヨークのビルのようになってしまう。

  唐招提寺が平成の大修理をやっている。前回は昭和10年頃だそうだ。工事の途中3回ほど見学に行った。これは大変、新築より手間がかかる。釘を使わない工法。1300年の歳月に耐えて今日その美しい姿和見せている。ヨーロッパの古い教会もそうだ。年中メンテナンスを怠らない。

 

  ニューヨークの摩天楼が崩壊してしまうとき、もう一つの巨大建造物、石油コンビナートはどうなるのであろうか。此処にはフットボール場の広さの石油貯蔵タンクが林立している。そこから縦横にパイプラインで結ばれた工場群が広がる。

  工場は操業開始と同時にメンテナンスを行っている。パイプやタンクは塗り替えなければ腐食する。そこから引火性の高い液が漏れる。アースのコネクターが故障し、落雷でもあったらひとたまりもない。火が広がっても消火する人もいない。コンビナートは壊滅だ。人間の作ったものは絶えずメンテナンスするか、スクラップ・アンド・ビルトしない限りやがて滅びる運命にある。

 

  著者は人類が消えた世界を知る為に、人類がまだこの世界にいなかったときの事を、遺跡を手がかりに調べている。今から1万5千年前、地球は原生林に覆われ大型哺乳類が闊歩していた。人類が出現し、原生林を農耕地にかえて行った。ゴムの林のような人類にとって有用な林にかえていった。人類が消えた後、地球は再び原生林に覆われ、大型哺乳類が闊歩するようになるだろう。

  人類が出現したのは、この長い宇宙の歴史を見ればほんの一瞬に過ぎない。人類がその英知をもって多くの人がこの地球に住めるようにこの地球を変えてきた。そのことが生活環境を悪化させルことになった。ゴア氏の言う「不都合な真実」を認めざるを得なくなった。

  快適な生活を求めると言う以外に人口の増大がある。これが掛け合わさるから環境問題はスピードをはやめ我々に迫ってくる。著者は国連の人口推計を最後に挙げている。今のままで行くと、今世紀半ばで人口は65億人から90億人になる。それを1女子2人の出生率を守れば10億人減らせる。その時点で、一女性一児が守られれば2075年までに人口は半分近くになるという。国を挙げて少子化対策に励んでいる国からみるとなんとも矛盾した話ではあるが。

 

                       ( 2008・11 )