閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
    北京ヴァイオリン   

     ヴァイオリンは官能的な楽器である。映画の中でヴァイオリンの調べが、出演者の心理状態を描き、雰囲気を作る重要な役割を担う事がある。そして時にはヴァイオリンそのものが主人公になり、テーマとなる事もある。
  「レッド・ヴァイオリン」は正にヴァイオリンそのものが主人公。イタリアはクレモナで生まれた紅い色をしたヴァイオリンの名器が、四世紀に亘って五つの国を旅する物語である。ラストはこのヴァイオリンがオークションにかけられるが、偽物とすりかえられてしまう。紅いヴァイオリンを分析してみると、何と人間の血が検出された。
  全篇に美しいヴァイオリンの曲が流れるが、作曲はアメリカのジョン・コリアーノ、演奏はやはりアメリカのジョシュア・ベルである。紅いヴァイオリン、そして演ぜられる数々のヴァイオリンの曲、これぞこの映画の主人公である。
  「無伴奏シャコンヌ」はヴァイオリンの演奏そのものが映画であると言える。あるヴァイオリニストがコンサート・ホールでの演奏を止め、パリの地下鉄で演奏をはじめる。次第に仲間が集まってくる。ある時地下鉄の工事があり、演奏が出来なくなってしまった。おまけにヴァイオリンが壊されてしまう。友人がヴァイオリンを提供し再び地下鉄での演奏が始まった。この映画の筋立ては簡単であり、ヴァイオリンの演奏が命である。
  ヴァイオリンの演奏をしているのは、天下の名手ギドン・クレーメル。本人は大変な入れ込みようで、映画そのものに是非出演させて欲しいと言ったそうである。
  ここで演ぜられる曲はベートーベンやモーツァルト等の数々の名曲であるが、なんと言っても圧巻は地下鉄で奏せられるバッハの「無伴奏シャコンヌ」である。この曲があたかも映画音楽のように、こんなに効果をもつとは思はなかった。サントラ盤を聴いてみたが、なかなか面白く迫力がある。
  さて、本題の「北京ヴァイオリン」だが、母親の形見に遺されたヴァイオリンがこの映画の中で重要な役割を担う。そして同時に随所で奏せられるヴァイオリンの曲も重要な役割をもっている。

  中国の南部の田舎町、十三歳の少年チュンは父と二人で暮らしていた。母は二歳のとき亡くなり、形見に立派なヴァイオリンを遺していた。父は息子を一流のヴァイオリニストに育てる事を夢見て、こつこつお金を貯めていた。息子はそれに応え、練習に励み、その腕前は近所に評判になるほどであった。そしていよいよ北京のコンクールに出場する事になった。
  残念ながら息子は五位に終わってしまったが、その演奏を高く評価してくれた音楽教師がいた。父は早速その教師に頼み込み、息子に個人指導を受けさせる事にした。そして自らは職を得て息子と北京で暮らす事になった。
  先生は変わり者で、金で動く今の音楽界に嫌気がさし、世捨て人のような生活を送っていた。しかしこの子を教えるようになってから、次第に音楽に対する情熱を取り戻すようになり、息子も先生を慕うようになった。この辺りの二人のやり取りがなかなか好い。
  父はある時有名な音楽院の教授の存在を知り、無理に息子の指導を頼んだ。そこにはすでに国際コンクール選抜大会出場候補の女の子がいた。教授は息子の才能を見抜き、候補者を息子に切り替えた。
  父は息子のコンクールの資金稼ぎに、故郷に帰る事になった。息子も自分も帰ると言い出す。教授は父から聞いていた息子の出生の秘密を、息子に明らかにして息子を引き止める。息子は二歳のとき、北京駅にヴァイオリンと一緒に捨てられていたのだ。

  少女はコンクールに出られなくなった腹いせに、少年に教授の悪行を暴く。少年が故あって手放したヴァイオリンを、教授はひそかに買い戻し、それを道具に少年に恩を着せて操ろうとしていると告げる。
  少年はそのヴァイオリンを持って北京駅に走る。そして駅頭でヴァイオリンを弾く。遠くから優しく見守る父。チャイコフスキーの協奏曲が響く。そこにコンクールに出場した女の子のチャイコフスキーの協奏曲の演奏がオーバーラップする。・・・・

  この映画の主人公の少年は、実際のコンクールで五位に入った同年の少年である。演奏そのものは、現代中国で最も優れたヴァイオリニストの一人であるチュアンユンが弾いている。
  この映画で重要な役割を果しているのはやはりヴァイオリンである。母が遺した形見がこの子の将来を決めた。そして全篇を通して演奏されるヴァイオリンの曲の数々が、その場の雰囲気をかもし出し、登場人物の心理状態を表す。しかしなんと言ってもラストのチャイコフスキーの協奏曲、父と子の心の触れ合いが感動を呼ぶ。

  最近世界のクラシック音楽界の中で、アジア勢の躍進が目立つ。国際コンクールの中で、上位入賞者が増えてきている。貧しい中で、又それゆえに周囲の援助があり、本人の血のにじむような努力が成果を生むのであろう。
  この映画でも父親は料理店で必死に働き、その全てを息子につぎ込んでいる。しかしそれは将来息子の成功によって代償を得ようと言うのとは違う。実の子でないのに、実の子以上に注ぐ愛情、観る者にほのぼのとした感動を与える。息子が出生の秘密を聞かされて北京駅頭で弾くヴァイオリン。それは育ててくれた父親への感謝の気持ちそのものであろう。ラストはなかなかの盛り上がりを見せた。
  反面どろどろした話も出てくる。コンクールには情実がつき物である。権威者がいて金が動く。その昔、毎日コンクールによく行った事がある。何かそれらしい話を聞かされ嫌な気がした。父親はその事を知ってか、ずいぶん無理して高名な教授にレッスンを頼んでいる。
  
  昔から音楽映画というジャンルがあった。それは楽聖の伝記映画が多かった。「楽聖ショパン」「田園交響曲」「アマデュース」「グレンミラー物語」・・・・美しい音楽を聴きながら、楽聖達の生涯をたどるのは楽しい事である。近頃この種の映画が作られないのは残念である。
  今回挙げた音楽映画は、ヴァイオリンそのもの、あるいはヴァイオリンが奏でる音楽が重要な役割を持っていると言う珍しいもかもしれない。名曲の名演奏をたっぷり聴くことが出来、物語の展開も面白く、楽しく映画を見る事が出来たと思う。

                     ( 2004・05 )