閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
宇治川のほとり

  まだ関西に来て間もない頃、友人に案内されて宇治を訪れた事がある。京阪電車を降りた時驚いた。山紫水明とはこの事か。山は緑濃く、水は清冽、音を立てて流れている。川に沿って、平等院の優雅な甍が臨まれる。百人一首にも歌われている。
  朝ぼらけ  宇治の川霧  たえだえに   
         あらわれわたる  瀬々の網代木
                ―――― 権中納言 定頼
  それから50年近く、幾たびか宇治の地を訪れた。車の時代に入り、次第に24号線が混む様になった。どちらかと言えば、こちらの方面は敬遠勝ちであった。それがどうであろう、近年バイパスが通り、我が家から40分少々で行ける様になった。そして宇治の周辺も公園や植物園が整備され、四季折々に愉しめるようになった。

  宇治の平等院は世界文化遺産に登録されている。この藤原時代を代表する壮麗な寺院は、夙に10円硬貨にデザインされ知られている。それと同じアングルで撮影できる場所がある。平等院は藤原頼道が父道長の別荘を寺に改め、極楽浄土を再現したものである。以前は内陣に入れたので、阿弥陀様も身近で拝めたし、飛天も間近に仰ぎ見る事が出来た。その代わり最近庭が整備され、昔の面影をしのぶ事が出来る。

  宇治川の中州は公園になっていて、八重桜が植えられている。赤い橋を二つ、対岸に渡ると、これも世界文化遺産に登録されている宇治上神社が鎮座している。わが国最古の神社形式とかで、山を背になかなかの風格である。
  さて右周りにしようか、左回りにしようかいつも悩む。やはり右が好い。川沿いに少し進むと興聖寺の門柱が見えてくる。ここからだらだら登る参道が素晴らしい。左右の苔むした石積みに楓のトンネルがかぶさる。正面に興聖寺の中国風の山門が見える。紅葉の頃の美しさと言ったらない。
  興聖寺は道元の開祖と伝えられている。如何にも曹洞宗の寺らしい中国風のつくり。寺の横道を裏山に登る。雑木林の中を喘ぎながら20分ほど行くと展望台に出る。眼下に宇治川が光り、対岸に平等院が見える。
  ひと休みして、つづら折の道を下って行くと、源氏物語ミュージァムが見えてくる。「宇治十帖」にちなんで宇治市は源氏を売りにしている。当時の風俗の復元模型の展示や、篠田正浩の映画「浮舟」を上映している。人形劇だが中々良く出来ている。
  
  そのまま道を川沿いに戻ると、再び興聖寺の前に出る。ここから更に川を遡って歩いていくと、30分位で天ヶ瀬ダムに至る。この間が素晴らしい。ジス・イズ・ウジガワと言いたい。渓谷は周りの山を映して濃い緑をたたえている。豊かな水量、速い流れ、そこに楓の枝が長く伸びて、まるで友禅の柄のように見える。ここの景観はよくポスターにも紹介されている。
  天ヶ瀬ダムを見渡す所に地ビール工場があり、3種類のビールを提供している。その対岸の山はすこぶる急峻だが、散策路が整備され、素晴らしい景観で、ハイキングにはすこぶる快適。新緑によし、黄葉によし、程よい疲れをこの地ビールで癒し、後は家内の運転でと言うのがグット。
  この美しい渓谷を更に車を進めれば、20分ぐらいで石山寺に着く。ここも源氏が売りで、紫式部が源氏物語を執筆した所があり、ミュージアムになっている。瀬田川を見下ろす崖の上には月見亭があり、観月会が催される。対岸には広大なゴルフ場が望まれる。

  宇治から北東に10分ぐらい車で行くと、紫陽花寺としてすっかり有名になった三室戸寺がある。梅雨の頃広い境内に1万本の紫陽花の花で埋まる。その頃本堂の前では鉢植えの蓮が次々と花を開き、まるで仏様に供えているようである。
  この寺にはもう一つの名物がある。それはつつじの大刈り込みである。何処までも続くピンクのジュータンには圧倒される。その頃山桜も満開になり、山の斜面には西洋石楠花が赤い花をつける。
  紫陽花は林の中、つつじは芝生の広場、石楠花は山の斜面、蓮はお堂の前と、ここの地形を生かして植え分けられ、まこと花の寺の名に恥じない景観を呈している。

 

 車を更に北に少々進めると、万福寺に出る。黄ばく宗の総本山で、規模壮大、まるで中国・明時代の寺を思わせる伽藍である。創建は隠元禅師による。この寺の23棟の堂塔はすべて廊下でつながれ、僧の行列が続き、読経の声が絶えない。
  そう言えば、私が子供の頃東京に住んでいたが、馬込に万福寺と言うお寺があった。バス停の名前にもなっていた。我が家の法事にはそこから坊さんが来ていた。
  万福寺はまた普茶料理で有名である。勿論寺でも供するが、門前に普茶料理専門の料理屋がある。お値段もなかなか。

  宇治にはもう一つの愉しみがある。山城運動公園と市立植物園である。この運動公園は「太陽の丘」と名付けられているが、規模すこぶる大きく、全部巡ると1時間ぐらいかかる。丘陵地帯の地形を巧みに生かし、スポーツ施設・広場・遊歩道等を巧みに配している。また花木の植栽も盛んでかなり大きくなってきている。
  隣接する植物園がまた素晴らしい。規模こそさほど大きくないが、手入れが実に良く、年がら花を絶やない。温室もよく整備され、珍しい熱帯植物を見ることが出来る。ここの植物園のもう一つの特色は、ハーブ園があることである。しかも葉っぱを摘まんで良いとのこと、愛好家にはたまらない。
  そしてもう一つ。正面の崖に、植木鉢の花をモザイクに飾り、大壁画を描いている。モチーフはその時々の話題。目下は当然ワールドサッカー。
    
                           ( 2002.06 )