閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
前著でサミュエル・ハンチントン教授の「文明の衝突」の事を書いたことがある。この本は全世界に様々な波紋を投げ掛け、冷戦終結後の平和な世界を期待している向きには、大変危険な考え方だと非難が集まった。 然し間もなく、イスラム過激派のケニア、タンザニアのアメリカ大使館テロ、それに対するアメリカのスーダン、アフガニスタンへのミサイル攻撃が行われ、文明の衝突が起こった。アルカイダの指導者オサマ・ビン・ラディン氏はパキスタンとの会合の席上で「世界の何処でもアメリカ市民を見つけたら殺害すべきだ」と述べた。 それから3年、遂に文明の衝突にとって最も象徴的な事件がニューヨークのど真ん中で起こった。ハンチントン教授は「文明の衝突」は警告の書だと言っていたが、正に警告が現実のものとなってしまった。 かってフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」の中でイデオロギーの対立の戦いは終わり、世界は一斉に自由な民主主義体制に向かって歩き始めていると述べた。ハンチントン教授はそんなことはない、これからは文明間の衝突による戦いが起こると主張した。教授は世界を八つの文明圏に分け、その境界に沿って紛争が起こるのだと述べている。 冷戦時代も民族紛争は起こった。然しそれは米ソの代理戦争の様相を呈していた。冷戦が終り、人々が安堵したのも束の間、世界中で民族紛争の火が吹いた。凡そ世界の40ヶ所で民族紛争が起こっている。 ハンチントン教授が最近「引き裂かれる世界」という本を出した。この本は9・11事件の一年後日本の出版社からの要請で書かれたものである。 冷戦崩壊後、二極体制の後継者として唯一の超大国の出現を見た。教授は現在の体制を一極・多極体制と見ている。そして世界のパワー構造を四つのレベルで考えている。頂点は言う間でもなくアメリカ、その下に地域大国として中国・ロシア・フランス等が続く。そしてその下に日本やイギリス。更にその下にその他大勢。 この一極・多極体制では超大国は独善的に行動し、自分の意思を押し付けようとする。 ・人権と民主主義に就いてアメリカの価値観に従うよう圧力をかける。 ・アメリカの優位を脅かすような軍事力をつけないようけん制する。 ・人権・麻薬・テロリズム・核拡散・ミサイル拡散・信教の自由などでどれだけアメ リカの基準を守っているかで格付けする。 ・自由貿易と市場開放の名の下にアメリカ企業の利益を追求する。 ・アメリカの意向に従わない国を「ならず者国家」と決め付け、国際社会・経済から 締め出す。 教授の評はなかなか辛口であるが、よくぞ言ってくれたと言いたい。 アメリカは最近、国連も自由に操れなくなって苛立っている。京都議定書、国際刑事裁判所設立、小火器規制等に就いて協力しない。アメリカ抜きで取り決めても何の意味もない。各国、特に地域大国はこのアメリカの覇権主義を嫌っている。アメリカは勝手だと思っている。 超大国アメリカは一極世界を望んでいる。他方地域大国は多極化を望んでいる。現在はその微妙なバランスの上に立っているが、徐々に多極化の方向に向かっていくだろうと教授は見ている。 冷戦時代二極化の世界では、自由陣営各国はアメリカを守護神として歓迎した。アメリカも自らの陣営を増やす為に様々な援助の手を差し伸べた。そして二極は互いに牽制し合い、自らのエゴを押さえてきた。人々は二極の対立こそが争いの元で、一極になれば平和が来ると思っていた。 朝日のコラムで船橋洋一という人が言っていた。ブリュッセルの国際会議に出席した後、EUとNATOの政策責任者と懇談した。話はテロに関することになったが、彼らの言うのには、欧州の反米感情はこれまでになく悪くなった。米国でも反歐主義が広がっているようだと、欧米関係の先行きを心配していた。 この著は日本人の為に書かれたので、日本の為に一章設けられている。題して「腰の引けた大国日本の選択」。 教授は日本では強力なリーダーシップによる統治は到底出来ないと断じている。何しろアメリカの大統領の在任期間のうちに、6人もの総理が登場する国であるから。歴史的に見ても日本の大きな改革は外圧による。ペリーとマッカーサーがそれだ。 世界第二の経済大国日本は、現在大変な経済危機に陥りなかなか抜け出せそうにない。小泉首相の構造改革は大変な反対に遭い進まない。グローバリズムの外圧も効きが悪い。 教授によると、日本は八つの文明圏の中で、唯一一国で文明圏を構成している珍しい国だ。従って、自らの文明圏内にある他の国の事を配慮せずに振舞う事が出来る。つまり日本は世界で最もニュートラルなポジションにある。もっと国際政治の舞台の中で、自由な立場で影響力を発揮すべきである。 どうも日本人は、教授のいう独自の文明圏を形成しているのではなく、西欧文明圏に属していると思っている節がある。さらに言えばアメリカの従属的同盟国と思っている様だ。 前回の湾岸戦争のとき、日本は130億ドルと言う世界一の巨額の戦費を拠出している。にも拘らず、「小切手外交」等悪口を叩かれたばかりではなく、ひどい国になると日本は何も貢献してないとさえ言っている。其れに懲りてか今回は特別立法を成立させ、いち 早く兵站支援の為に自衛隊を派遣した。教授は日本は軍事力をもっと高めるべきだと言っている。それは軍事費を増やすと言う事ではなく、軍事的能力を上げることだ。それによってアメリカと協力して平和維持活動に貢献でき、国際政治の舞台の上で活躍できると述べている。 今回のイラク査察問題に絡んでは、各国首脳が色々と見解を述べている中で、小泉首相の発言は何となく歯切れが悪い印象を与えている。日本は憲法第9条により、集団的自衛権を持てないため、日米安保の傘で守られるより仕方がない。北朝鮮の問題も差し迫っている。それだけに対アメリカの立場が微妙であるのは分かる。然し安保理の常任理事国になりたいと思っているほどの国だ。世界第二の経済力を持ち,膨大なODAの援助もしている。外交にもっと影響力が持てないと言うのでは情けない。 以前山本七平の「民族とは何か」を読んだ事がある。民族とは国家でもなく人種でもない。風俗・習慣・伝統・神話等々、もちろん言語・宗教も含まれている。つまり人間の生きかたそのもなのである。それを強者は弱者に普遍化しようとする。自分の流儀に従わせようとする。そこで民族紛争が起こる。 私はよく嫁と姑の問題を引き合いに出す。嫁と姑は生まれてこのかた一緒に生活するまで、それぞれの習慣の中で育って来た。つまり違う文化の中で育ってきた。食事・子育て・洗濯・・・それぞれ流儀が違う。それを相手に従わせようとする。忽ち民族紛争が起こる。昔は財布を握っていた姑が断然強かったが、近頃では結構嫁の優位の所も多いようだ。と言うより、紛争を避け初めから一緒に住まない人が多くなった。 民族紛争は絶えない。殊に宗教の違いが原因になるものは、人の生き方の根源に関るので根が深い。ハンチントン教授は言う。民族紛争はそれぞれの文明圏のチャンピオンが調停役になる。ところがイスラムにはチャンピオンが不在なので紛争が長引く。真に困ったものだ。 ( 2003.02 ) |