閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
      シッコ                  

                       

  明日はわが身、ひと事と言っておられない。マイケル・ムーアがアメリカの医療制度に鋭いメスを入れた。ムーアのこのドキュメンタリー映画の目的は、アメリカに国民保険制度を実現させ、病気で困っている人を救うことにある。

  ヒラリー・クリントンが国民健康保険制度を作ろうと頑張ったが果たせなかった。今回の選挙では巨額の選挙資金を集め、その中に保険会社も入っているようで、その運動も衰えを見せているという。

  アメリカでは健康保険は民間の保険会社と契約をするシステムになっている。その保険料の多寡によって医療の質が変わってくる。勿論会社によっては保険料の一部を負担しているので、入社時の重大な関心事である。

  保険会社は利益を上げるために、なるべく医療費がかからないように口を出す。つまりアメリカの医療は保険会社の管理下におかれているのである。

  冒頭ショッキングな映像が流れる。仕事中、事故で手の指二本を切断された大工が、健康保険に入っていない為、医師が聞く。「薬指を付けるには一・ニ万ドル、中指は五万ドル、どちらにしますか」。大工は安いほうを選ばざるを得なかった。中指は失われた儘だ。

  五十台の夫婦、夫は心臓、妻はガン、レベルの低い保険に入ってはいるが、それも支払えなくなる。仕方なく家を売って娘の家の地下室に転居する。

  スーパーで働く老人、悠々自適の年齢なのに、会社を辞めると保険がなくなる。仕方なく一生働き続けねばならない。まだまだ出てくる。骨髄移植に適合する人が見つかったと喜んだが、保険会社がなかなか許可を下ろしてくれない。待っているうちに死んでしまう。

  病院をたらいまわしにされて死んでしまう子供。タクシーのチケットを渡され、病院を追い出されて路上に放置される老女。・・・・

  そして極めつけは九・十一。その救出に多くのボランティアが駆けつけた。そこで健康を害した人が沢山いる。市の方針で一定の条件を満たさないと治療が受けられない。ムーアはキューバのグアンタナモ海軍基地に捕虜の為に立派な病院があることを知り、患者をひきつれてキューバに赴く。しかし基地の病院では受け入れてくれない。しかたなくキューバの病院に連れて行く。病院では無償で治療してくれる。驚いたのはアメリカで百二十ドルした薬がたった五セントであった。

  ムーアは他の国の保険制度を調べに行く。カナダでは指五本付けてくれる。イギリスでは交通費が支給される。フランスでは医療費は無料。尤もこれ等の国は消費税がとても高いが。

  アメリカでは保険に加入していない人は四千万人もいる。WHOの調査によれば、世界の健康保険制度の中での充実度は三十七位である。アメリカは資本主義、市場経済の国。公的医療保険制度は官僚的であり、社会主義につながると言って取り上げない。ヒラリー夫人の必死の活動も空しかった。

  わが国では組合や共済会の健康保険制度がある。それに加入してない人には国民健康保険制度があり、一応国民皆保険の制度が整っている。尤も最近保険料未納の人が問題となっているが。しかしわが国の少子高齢化のスピードは急速であり、早晩行きづまってしまうだろう。

  近頃私も病院に行くことがある。待合室は老人で溢れている。ポリ袋にいっぱい薬を詰めて帰っていく。果たしてどのくらい効果はあるのだろうか。そう言えば最近老人の医療で問題になっていることがある。全国の病床の数を減らすと言うことで、三ヶ月経っても病状の改善が進まない老人は、介護施設に移すと言うことになってきた。その対象者は二十三万人いるそうだが、まだ介護施設が充分整っていないので、結局家に引き取らざるを得ないと言うことになっている。在宅介護となると又新たな門題が起こってくる。

  医師不足も深刻な問題である。最近出産間際の妊婦が救急車で運ばれたが、三十何箇所も回って受け入れ先が見つからず、死亡してしまったと言うニュースが流れた。少子化が深刻な時代に、産科医・小児科医の不足が国家的大問題になっている。それに過疎地の医師不足は更に深刻である。地方の格差の大きな要因である。

  医師の絶対数が減っているのではない。学校を卒業した医師が設備の整った都会の病院に集中する。そして早々に開業医となる。それも急患が来ないような科目に集中する。そう言えば、我が家の近所にも最近やたらと医院が増えた。何々クリニックと言う看板を掲げ、住職分離で開業している。医は仁術というが、何だか楽をして儲けようと言う考えが見えてくる。反面地方に行くと、連日宿直で体をすり減らして頑張っている医者もいる。

  アメリカでは毎年一万八千人が治療を受けられずに死んでいく。その一方、映画に出てくる高級ホテルのような立派な病院で最新の設備・技術によって治療を受けているリッチマンもいる。これぞ自由競争の結果であると言えばそれまでだが、事人命に関する問題だけにそれでよいのかと考えさせられてしまう。

  内閣府が医療に関する試算を発表している。医療費は二千五年で三十三兆円、この二十年で倍になっている。今後の二十年、高齢化が進む。これを消費税で負担させると十七%に引き揚げなければならなくなってくる。逆に現役世代の負担を増やさないようにすると、高齢者向けの給付を医療で二割、介護で四割減らさなければならない

  わが国で国民皆保険といっても、保険を払っていない人がいる。反面保険が適用されない高度の医療を受けているリッチマンもいる。最近の調査によると、三年間で未払いの医療費が八百億円に達し、病院の経営を危うくしている。そこで入院前に予納金を積ませても良いことになるようだ。

  シッコを観て明日はわが身と考えざるを得ない。

  猶、シッコ(SICKO)とは病気の意。ムーアはアメリカの医療制度は病気であると言っている。

                       ( 2007.11.)