閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
 京の桜
 

  都をどりを毎年観に行っていた。「都をどりは・・・」姐さん芸者の甲高い声が歌舞練場いっぱいに響き渡る。「エイやなぁ・・・」舞妓さんたちの黄色い声がこれに呼応し、チャンチキのお囃子に乗って左右の花道から入場してくる。真に京都の春の幕開けに相応しい光景である。
  この日にあわせてお花見をして来た。歌舞練場の奥に京都五山の一つに数えられる名刹建仁寺がある。境内の桜はそれほど多くはないが、枝垂れの色が濃く、なかなかの風情がある。ここの石庭は凛として揺るぎがない。桜の頃よく茶会が催されている。
  歌舞練場から北に,祇園の家並みを抜けていくと、八坂神社を通り過ぎ円山公園にいたる。公園の中央に大きな枝垂桜が鎮座している。京都を代表する桜と言えよう。然し兵どもの夢の後、辺りはごみだらけ、今晩の陣取り合戦がもう始まっている。やはりここは夜桜に限る。
  円山公園を横切り、知恩院の前を通り過ぎればやがて疎水にぶつかる。桜は疎水の緑の水によく似合う。正面に平安神宮。ここの枝垂れはいかにも京都という感じがする。花びらが小さく色が濃い。枝がたおやかでやや小ぶりである。
  円山公園から反対に進めば高台寺に出る。高台寺もライトアップしているが、なにやらアート系。庭の桜は少ない。人波について三年坂を上ればもうそこは清水さん。さすが清水は桜の名所。全山桜に埋まっている。清水の舞台からの眺めは素晴らしい。近年裏山の斜面に桜を植えている。桜は成長が早い。程なく裏山も花で埋まり、清水寺の桜は花の名所としての地位を更に高める事であろう。

  私の好きな桜の名所はもっと街中にある。祇園のはずれ、白川の堀に沿った白川南通りはいかにも芝居や映画に出てきそうな古い京風な家並みが続いている。枝垂桜と柳が水面すれすれに垂れ下がっている。夜はライトアップされ、料亭の明かりと調和してそれは情緒がある。堀に掛かる橋には制止の看板が立っているが、カメラマンは一向に気にする様子もない。
  この当たりよく舞妓さんがカメラに収まっている。騙されてはいけない。これは観光客が衣装を借りたもので、レプリカなのである。
  ここに吉井勇の歌碑がある。
     かにかくに 祇園は恋し 寝るときも
       枕の下を 水の流るる
  祇園に別れを告げ四条大橋を渡る。高瀬川が流れる木屋町でその昔随分飲んで騒いだものだ。行きつけのバーは二階にあって、窓を開けると桜が一面に広がっていた。
  昔この川を囚人を乗せ高瀬舟が引かれていった。そんな情景を思い浮かべながら木屋町から先斗町へと歩いて行くと、川沿いの狭い道に桜がいっぱい広がっている。やがて幾松という割烹旅館の前に出る。幾松にはよく行った。桂小五郎の情婦幾松が住んでいた部屋が残されている。桂小五郎が加茂川に逃げた地下道も残っている。幾松の前には佐久間象山・大村益次郎受難の地の碑が建っている。なにやら維新のきな臭さが伝わって来るようだ。更に少し上ると、島津製作所発祥の地の看板が見えてくる。米俵を積んだ高瀬舟のレプリカが置かれている。
  高瀬川もこの辺で終わり加茂川につながる。加茂川の堤に沿って桜並木が続く。さすが王城千年の地、川上を見渡せば右に叡山、左に愛宕山が望まれ、川の両岸はピンクが霞みになってたなびいている。正に京都ならではの雅な眺めである。
  堤をゆっくり散策していく。河原に花見客がのんびり寝そべっている。やがて加茂川は高野川と分かれる。高野川は急流で緑濃く桜が映える。どちらに行こうかと迷ってしまう。加茂川を選ぶ。何処まで行っても桜が続く。右側に下賀茂神社の森が見える。
  北大路通りを過ぎた所から桜は枝垂れに変わる。ここの枝垂れは開花が少し遅い。右手に植物園を見ながら北山通りまでの散策路はよく整備され楽しい。家族連れが弁当を使っている。ここの桜はまだ若い。その内巨木に育ったらさぞ素晴らしかろうと思う。
  植物園と言えばここも桜が多く種類も豊富だ。植物園のほぼ中央に桜の園がある。満開の頃訪れたら、桜吹雪が素晴らしかった。此処に西日本一の温室があり珍しい熱帯植物が見られる。花壇も豊富で季節の花が楽しめる。然し何より素晴らしいのはヨーロッパの公園のように巨木が育っている事である。

  さて京都の桜で何処が一番かと問われれば、私は躊躇なく竜安寺を挙げる。よく隣の仁和寺の御室の桜をいう人がいるが、ここの八重桜は有名ではあるが、丈が低くぼてっとした感じであまり好きになれない。竜安寺には美しい枝垂れが随所に見られる。ことに有名な石庭の塀の外の枝垂れは、借景と言うより石庭と一体となって目に入ってきて素晴らしいの一語に尽きる。
  竜安寺の横手に桜の園がある。色々な種類の桜が植えられているがやはり枝垂れが美しい。ピンクから白っぽいものまで様々に咲き誇っている。寺の前の池の周囲にも桜が植えられていて、池に華やかな姿を写している。あまり喧伝されていないが,竜安寺の桜は周辺の景観とあいまって京都一と言っても過言ではなかろう。付け加えるが、どうしたものか隣の金閣寺には桜は殆どない。

  最近夙に名声を高めているのが原谷園の桜である。駐車場がないので金閣寺の辺りでタクシーを拾う。曲がりくねった道を七、八分行くと原谷園につく。ここは個人の持ち物で庭園は桜ばかりである。さすが桜で有名になっただけのことはあって、手入れが行き届き花つきがすこぶる良い。特に枝垂れの大木は見事である。いただけないのは周囲が新興住宅地で景観が良くない事である。やはり桜は周囲の景観との調和が大切である。
  帰路は歩いて仁和寺に向かう。30分ほどで着く。この道が又イメージダウンだ。道路わきは産廃物の不法投棄で埋まっている。格式の高い仁和寺の裏山がこんなに汚れているとは情けない。

  京都の桜の名所と言えば、醍醐とか嵐山或いは山科疎水と言うような郊外をイメージする。然し市内にもなかなかの桜の名所がある。京都の紅葉も美しい。然し桜の華やかさには敵わない。舞妓さんが桜の下を歩く姿は正にディスイズ京都と言えよう。

                            ( 2002.12 )