閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
洛西の山々を巡るのも好きなコース。新緑によし、紅葉によし、竹林を歩くのもまた趣がある。嵯峨野の様な人ごみにならないのがまた好い。 長岡に光明寺と言う寺がある。熊谷直実が開いた西山浄土宗の総本山。ここの幅の広い緩やかな石段は、左右から楓がせり出し、秋に行くとそれは見事だ。いつぞや「福沢諭吉」と言う映画を観ていたら、彰義隊が上野の山で戦うシーンがあった。見た事がある景色だと思い確認したら、やはりこの石段でロケをしていた。 東本願寺を思わせるような巨大な御影堂と阿弥陀堂が正面に見える。お参りを済ませて帰り参道を戻る。この道が素晴らしい。紅葉の参道だ。秋も深まる頃行くと地面も空も赤一色に染まる。毎年感動する。残念な事にカメラマンが多くてなかなか写真が撮れない。 この近くに長岡天満宮がある。菅原道真がこよなく愛した土地として知られている。ここの境内の霧島つつじは見事な一語に尽きる。池を横切る参道をつつじの巨木が真っ赤に染まる。こんなに大きい霧島は見たこともない。その花つきのすさましさも類を見ない。対岸にある錦水亭は紅柄色の壁が池に映えて優雅である。ここの筍料理は有名だが、少々お値段がはるのが難。 ボタンで名高い乙訓寺もこの近くである。聖徳太子が伽藍を建てたと伝えられている名刹。弘法大師も一時この寺の別当を勤めた事があると言う由緒ある寺。然し現在では住宅地の中にあり、牡丹以外には見るものもない。桓武天皇が長岡に遷都されたときはこの寺は京内七大寺の筆頭として栄えたと言うが。 長岡から少し南、大山崎付近の山の中腹に瀟洒な洋館が見える。駅から楓の坂道を上がっていくと、程なくアサヒ・ビールの美術館に着く。大正の初め、関西の実業家加賀正太郎がこの風光明媚な地に英国風の山荘を建った。近年荒廃が激しく地元の要請もあり、アサヒ・ビールが修復し一般に公開した。隣接して安藤忠男の設計になる新館が建てられモネの絵が飾られている。この辺りすこぶる眺めのいいところ。眼前に石清水八幡の丘が広がる。その麓を宇治川・木津川・桂川が流れ、一つになって淀川となり大阪湾に注いでいる。三つの川の水温が違うので霧が立ちやすく、醸造に適した土地であった。サントリーはこの山崎に発祥した。サントリー・ウイスキーの高級ブランドに山崎と言うのがある。 美術館の前の急坂をあえぎあえぎ登ること40分、天王山の山頂に到る。秀吉が天下取りの出発点。戦いはこの山中ではなく、山の下の川沿いの地点であった。 洛西の山々は竹林が多い。このあたりの筍は日本一美味いと言われている。手入れの良い竹林は美しい。今にも着物を着た美人が現れそう。そんな中を光明寺から北西の方に暫く進むと山道に掛かる。山の中腹に善峰寺という寺がある。桂昌院が復興寄進したと言われている。平安末期開かれた天台宗の寺。この寺の本堂横の崖の上からの谷越の眺めは素晴らしい。一木一草色が違う。新緑によし紅葉によし、幾ら眺めても眺め飽きない。 善峰寺を有名にしたのは桂昌院お手植えの五葉松。左右に50メートルも枝を伸ばしていたが、残念な事には片方が枯れてしまった。遊竜松と呼ばれ、国の天然記念物となっている。 桂昌院ゆかりの建物や遺跡を巡りながら上って行くと、京の町まで一望できる見晴らしの好い高台に出る。眼下に竹林が広がる。左手遠く京の町が霞む。右手には淀の競馬場。未だ田畑も大分残っている。 善峰寺の裏山を登るハイキングコースは傾斜もきつくなく、新緑に好し、紅葉に好しの快適なコースである。如何にも洛西の山の趣がある。但し残念な事に頂上に至ると、自動車道が尾根伝いに走っている。 善峰寺を降りて更に北に上ると勝持寺に至る。ここの竹藪の参道は中々の風情がある。勝持寺は桓武天皇の勅願により最澄が創建した寺であるが、寧ろ西行が出家して庵を結んだ所として名高い。 花見んと むれつつ人のくるのみぞ あたらさくらの とがにはありける ―――― 西行法師 西行が植えた一株の桜は西行桜と呼ばれている。それに因んでか境内には桜が300本も植えられ、人々はこの寺を花の寺と呼んでいる。然し私はこの寺の紅葉が素晴らしいと思っている。ことに鐘楼越しに逆光に映える紅葉は、赤と黄が混じって真に鮮やかである。 いつもこの寺に来ると、吉野の山奥にポツンと建っている西行庵を思い出してしまう。そこは都のはずれ、そして庵は山の奥のまた奥。晩年の西行はあのような山奥で一人で一体何を考えていたのであろうか。吉野の西行庵の紅葉は最高である。夕方訪れると逆光に輝く美しい写真が撮れる。 勝持寺の奥に願徳寺という寺がある。ここの如意輪観音は国宝。かやの一木造りの素晴らしい観音様。私の知人がこの観音様をモデルに仏像を彫っていたが、なかなかの出来栄えであった。 このあたりを大原野と呼ぶ。大原野神社と言う社がある。楓の参道を進むとかなり広い境内に出る。長岡京遷都の時、桓武天皇の皇后が奈良の春日大社の神霊を移し祀ったと言はれている。本殿は勿論春日造り。広い境内には猿沢池を模した鯉沢池があり、周辺は紅葉に埋まる。 何時ぞやこの神社を訪れたら、池の端に人が集まっていた。何事やあらんと行って見ると、カメラマンが数人池に映る紅葉を熱心に撮っていた。もう三日も通っているという声が聞こえてきた。 大分疲れたが元気を出してもう一山登ってみよう。大原野ののどかな田園を少し歩くと山道に掛かる。かなりの勾配なので息が切れる。つづら折の道を登ること40分、金蔵寺の山門の前に出る。急な石段を上ると本堂に出る。かなり荒れた感じの寺だが、ここの紅葉は素晴らしい。細長く上に伸びた枝が真っ赤に染まり風に揺れている。以前はこの山門脇に料理屋があったが、今では全く人気の無い所になってしまった。 秋の陽はつるべ落とし、そろそろ引き揚げなくっては。洛西の山々を辿る道は春に好し、秋に好でよく出かけるが、私の好きなコースの一つである。 ( 2002・08 ) |