閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
テレビをつけたらドアが開いて、関西財界のお歴々がぞろぞろ出てきた。何だろうと思って見ていたら、「山の郵便配達」という映画の試写会であった。誰の企画か知らないが、日頃映画に余りご縁が無い人たちに、このような名画を見せるとはなかなか素晴らしい企画ではないか。見終わった人の感想も、わが社の社員にも是非この映画を見せたいと言うものであった。 湖南省の山の中、郵便配達をしている一人の老人がいた。二泊三日、一日四十キロの行程を重たい荷物を背負って歩く。老人は足を痛めていたが、薬が効かなかった。郵便局の人が一度同行したら、あまりの過酷な仕事なのに驚き、老人に引退を勧め息子にその仕事を継がせることにした。 息子は犬を連れて二泊三日の郵便配達の旅に出ようとする。いつも老人に連れ添っていく犬が動こうとしない。仕方なく老人は息子に同行する事になった。映画はこの二泊三日の親子の旅の様子を淡々と描いている。そこには父と息子のほのぼのとした愛情と、美しい湖南の山々が描かれている。 そうだ、この父と息子の関係は今の日本には見られなくなってしまっている。財界のお歴々に其れを見せたかったのだ。昔は父の働いている姿を小さいときから見て息子は育った。住職は接近していた。父親は自分の仕事を天職と考え、それに誇りを持っていた。時々お説教はするが父はやっぱり偉かった。 サラリーマンの時代に入り、父親は家から離れて遠くに働きに行くようになった。然し夕方父親が帰宅すると、母親が「お帰りなさいませ」とやさしく迎えたものだ。近頃、父親の帰りが遅いと、又飲んできたのとか又麻雀なんかしてと散々やられてしまう。日曜日にゴルフの接待に出掛ければ、又ゴルフと厭味。たまに家にいて休んでいると、ゴロ寝ばかりしていないで庭の草でも引いたらとやられる。息子は其れを見て駄目親父と思ってしまう。 時は1980年代の初め、まだそんな昔の話ではない。中国は湖南省の山の中、大変辺鄙な村々。外部との唯一のコミュニケーションの手段は郵便配達である。E-メールだ、携帯だという時代には想像がつかない。山の間には田畑が切り開かれ、家々が僅かに点在している。 息子は重い荷物を背負って先に歩く。父は杖をつきながら是に従う。犬はこの二人を先導していく。村に近づくと犬の鳴き声で村人が集まってくる。どの顔も人懐っこい笑みを浮かべている。父は皆に慕われ尊敬されている。そして郵便物を待ち望んでいる。時には新聞や雑誌も混じっている。あるときは為替も入っている。勿論こちらから出す郵便もある。村と外部を結ぶ大切な郵便配達。 父は寡黙だ。時々山道の歩き方を注意したり、集配の手順、郵便配達の責任の重さ、手紙にこめられている人々の思い等をそれとなく息子に教えていく。こんな事もあった。村の中で離れている家に直接郵便を届ける。そこには盲目のおばさんが都会に出た息子からの便りを待っている。息子は送金はするが手紙は書かない。其れを書いてあるように読んでやる。 行程一の難所、冷たい河を徒歩で渡る。息子は最初は荷物を、次いで父を背負って渡る。父は枯れ木を焚いて息子を暖めてやる。「お父さん」という言葉が初めて息子から出る。父ははっとする。ある村では婚礼に招かれる。美しい村の娘と息子は踊る。息子に淡い恋心が芽生える。そんな息子を父はやさしく見守っている。二泊三日の厳しい行程をこなし、我が家に帰ってくると、家の近くまでやさしい母が出迎えている。 やがて息子は一人で郵便配達の旅に出る。今度は犬もついていく。母親はこの過酷な旅立ちをじっと見送っている。 中国では、一人っ子政策が採られてから、子供を甘やかすので、わがままな子供が多くなっているそうである。又都市化が進み、人と人との関係も西欧式になり、個人主義的色彩が濃厚になってきている。 このような山奥の生活は、今日ではマイナーになってしまっている。だからこそ中国でもこの平凡なドラマが受けるのであろう。この物語では、親子の愛情もさることながら、仕事に対する強烈な使命感がひしひしと伝わってくる。郵便配達は単にメールを届けるだけではない。この外界から隔絶された山村と外界を結ぶ重要な役割を担っている事を父は息子に教えている。其れは天職とも言うべきものでもある。昔の日本でいえば鉄道員の物語にあったような。・・・何か我々が失ったものを思い出させるドラマであった。 最近テレビを見ていると自分が何をしたら良いのか、何をしたいのか分からないと言う若者がよく登場する。昔のような親子代々の天職と言うのは求めようもない。寧ろアメリカのようにキァリアを出来るだけ積んだ方がよいと言う考え方も広まっている。勿論将来の目標を持って計画的にキァリアを積んでいく事は結構なことと思うが、報酬の良い職をあちこち探し回るのはどういうものか。何かフリーターみたいな者が労働の中心に座ってしまっては、決して国の力は強くならないと思うが。 2001.6 |
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