閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
この本の最初の方に、こんな事が書かれている。大雑把に言って、世界の国々は三つに分けることが出来る。体重を増やさない事に多額の金を費やす国、生きる為に食べる国、次の食事が何処で手には入るかさえも分からない国、の三つである。 どうして豊かな国と貧しい国が出来てくるのであろうか。如何して勝者と敗者が生まれるのであろうか。ハーバード大学名誉教授D.S.ランデスは、その理由を明らかにしていく。といっても何かそこに世界共通の強国になる為の法則が明らかになると言う訳ではない。確かに強者には強者の、弱者には弱者になる所以がある。 其れはそれぞれの国の自然環境や文化的な伝統、つまり歴史的条件の中で育まれたものであり、且つ、国と国との複雑な力関係が絡み合い 、影響しあって生まれて来るもので、容易に方程式は成り立たない。然し、本書を一読すると、強国になる条件が何となく分かってくる。 筆者は歴史学者であり、経済学者でもある。世界各国を経済発展という切り口で、歴史的に検証を進め、強者と弱者の拠って来るところを明らかにしていく。 今NHKで世界四大文明展を各地で開催している。メソポタミア・エジプト・インダス・中国。そのうちエジプト展を先日観て来た。これらの国の過去の栄華は今日では遺跡か遺物でしか知る由もない。これら古代に栄えた素晴らしい文明の影響は欧羅巴に、そして世界各国に拡がり、後の世に伝わっていった。然しその直接の影響が今日残っている訳ではない。 この書はスペイン・ポルトガルの大航海時代、そしてイギリスの産業革命という比較的新しいところから出発している。 近代の世界の歴史は、欧羅巴が中心になって動いてきた。著者はこの欧羅巴について世の中には二つの考え方があると言っている。 ヨーロッパの人間は賢くて、組織的で、勤勉だが、それ以外の人々は無知で、傲慢で遅れていて、迷信深い。だがヨーロッパ以外の人は是と全く逆の事を言っている。ヨーロッパの人は攻撃的で、残酷で、強欲で、不道徳な偽善者で、その犠牲者である自分達は善良で、お人好しで弱い。 歴史というものはつくづく難しいものである。立場を変えてみると180度違う観方、考え方が出来る。山本周五郎の「栄華物語」や「樅の木は残った」等はその面白さで読ませる。中国や韓国が日本の歴史教科書で何時も揉めるのも当然かも知れない。 大航海時代、スペインとポルトガルは世界を二分して膨大な植民地を持った。然し産業革命で成功したイギリスに次第に追いやられ、やがてはイギリスが七つの海を支配するようになってしまった。何故であろうか。 イギリスより大国であったフランスに産業革命が起こらなかったのは何故か。そのイギリスが二度の大戦を経てすっかり凋落し、分家のアメリカの後塵を拝するようになってしまった。何故だろうか。南アメリカは豊富な天然資源に恵まれていたにもかかわらず、北アメリカに圧倒的な差をつけられてしまった。 かって世界の超一流の大国であった中国が、近代において昔日の栄光を失い、ヨーロッパ各国の餌食となってしまった。反面長年の鎖国により世界の国と交流がなかった極東の小国日本が、明治維新の後短期に世界の列強の仲間入りを果たし、敗戦後も短い間に立ち直り世界第二の経済大国にのし上がった。 石油と言う金のなる木を持ちながら、相変わらず強国の仲間入りを果たせない中東諸国。豊かな生活を目指しながら其れを達し得ない社会主義の国々。何時までたっても貧困から脱し得ないアフリカの国々。・・・・教授はこれらの一つ一つを詳細に分析している。 それぞれ理由はある。その中で産業革命が大変インパクトのある動きであったことには異論なかろう。 スペイン、ポルトガルは収奪主義の国。僅かの武力で中南米を制するや、徹底的に財宝を収奪した。そして自ら移民して働くのではなく、アフリカの奴隷を使って鉱業、農業に従事させ搾取しつづけた。 イギリスは当時の世界の中では最も近代的国家の形体をとっていた。そして科学的知識を積極的に取り入れ、産業革命に成功した。 フランスは大国であった。豊かな土地に恵まれた農業国であった。貴族が力を持ち、且つ宗教の制約が大きかった。ドイツは封建制の名残が強く、且つギルド制が発達していた。 北アメリカはイギリスを始めとして、ヨーロッパから大量の移民があった。彼らは進取の気性に富み、開拓精神が旺盛であった。新しい技術や制度を積極的に取り入れ、宗主国イギリスを抑え、世界一の大国になった。 この著の中で、D.S.ランデス教授は日本の為に二章設けている。日本―――そして「最後にやってきたもの」が先頭を走る。もっと評価されて良い「明治維新」。その栄光の日本も、バブル崩壊後一向に立ち直りを見せず、既に10年を経ている。政治や社会、経済の至る所に歪が見え始め、ついには看板の治安の良さ、教育のレベルの高さまで怪しくなってきた。驚くべきは、先日発表されたIMDスイス経済開発研究所の世界競争力ランキングでは、日本は49ケ國中26位に落ちてしまった。特に大学教育が最下位という国の将来に最も憂慮すべき赤信号がともっている。 ランデス教授は理論上最適な条件を備えた社会について述べている。其れは最先端の科学技術を開発・改良・会得し、若い世代に伝えられる社会で、個人や企業が自由に機会を与えられ競争も出来、且つその成果が正当に得られる社会である。其れは政治形態は別として、民主的な社会である事が必須である。是を実現できる国が強国になれるということを氏は示唆している。 ランデス教授の言うように、わが国は世界の歴史の中で稀有な成長を遂げた。然し今日、将来のヴィジョンも描けず、混迷に陥っている。そんな中で、改革を訴える小泉氏が首相に選ばれ、国民の支持率が80%に達した。国民も漸く本気になって改革を求めていかないと、この日本も行き詰まってしまうと思い始めたのだろうか。或いは単なる田中真紀子に代表される一時的人気なのか。 先日、本屋を冷やかしていたら、「チーズはどこへ消えた?」という本がベストセラーとして店頭に積み上げられていた。二人の小人と二匹のねずみがチーズを食べる話である。今まで豊富にあったチーズが消えてしまった。其れに対する反応が四者四様異なる。意気消沈して動かない者、積極的に探し回るもの。・・・過去の成功体験にしがみついて積極的に変化に対応しなければ駄目だということをこの本は教えてくれる。 盛者必衰と平家物語の冒頭に書かれている。強国になった国がやがて衰えていく。如何してチーズが消えてしまうのだろう。歴史は是の繰り返しではなかろうか。 ( 2001・5 ) |