閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
 遅くなった紅葉  
                       

  温暖化の所為か、今年の紅葉はなかなか進まない。テレビを観ても僅かに染まった紅葉を映していたが、一向に絵にならない。仕方なく今度は如何に紅葉が遅れているか青葉を映し始めた。

  そんな中で他に先駆けて色づくのは、奈良公園の南京ハゼである。新公会堂前の広場に巨木があり、青空にいっぱい梢を広げている。ハゼは沢山実をつける。これを鳥がついばみあちこちに撒き散らす。世界遺産春日奥山の杉木立の間に、大分ハゼが増えてきて関係者を悩ませている。

  奈良公園はハゼに始まり、桜・楓・銀杏と色づいていき、訪れる者の目を楽しませてくれる。殊に東大寺の裏の池のほとりは、銀杏の大木の下に黄色いジュータンが敷かれ、鹿が寄り合い絶好のカメラのモチーフとなり、多くの愛好者で賑う。

  あまり知られていないが、公園内の名庭依水園と吉城園の紅葉はすばらしい。毎年訪れているが今年が一番。逆光に映える紅葉を静かな園内で鑑賞できるのは贅沢の極み。

  紅葉が遅れているのに待ちきれず、葛城山に出かけた。ここなら千メートル近くある。紅葉は進んでいるだろう。春はつつじ、秋はススキで名高い山だが、紅葉もなかなか捨てがたい。楓は少ないが、ブナを始めとする落葉樹が多い。その裾を赤や黄色に色づく潅木が覆っている。曲がりくねった大木を前景に、逆光に照り輝く紅葉。思わずシャッターを切り続ける。

  浄瑠璃寺は山の中にひっそり佇んでいる。その所為か紅葉が早い。まだ十月の中ごろ柿を写しに行った。既に楓が色づき始めていた。ひと月経って再度挑戦。三重塔の下、楓が見ごろ。前景に紅葉、池越えに本堂、なかなかの構図。瞬間太陽が顔をのぞかせる。慌ててシャッターを切る。後は厚い雲に覆われている。

  昨年は四国の秘境に紅葉を訪ねた。さすが四万十川の上流、観光客も少なく秘境に映える紅葉はすばらしかった。

  今年は近場でこれまで足を運んだことのないところを探していたら、「湖北路随一の紅葉を巡る旅」と言うバスツアーが目に留まった。金剛輪寺に立ち寄って北に上り、木之本の鶏足寺・石堂寺他を訪ねると言うツアーである。

  湖東三山と永源寺はこれまで幾度か訪れている。新緑によし、紅葉によし、それぞれの寺の趣が違い、訪れる人の心を和ませてくれる。その一つ金剛輪寺にまず向う。この寺は高いところにあるので石段を登るのは大変であった。今では途中まで車が送ってくれる。それでも石段はかなりきつい。参道が尽きるところ、紅に包まれた本堂が目に飛び込んでくる。左の小高い丘には三重塔がこれ又紅に埋まっている。とは言いながら、残念

紅葉の見ごろはもう四、五日先であろう。

  バスは更に北上する。次第に天候が悪くなる。やがて田んぼの中の小さな駐車場に着く。車は四、五台しか停まっていない。小雨が降り出す。「弁当忘れても傘忘れるな」と言われているこの地方、すっかり天気予報を信じてきてしまった。周りを見渡すと紅葉はまだのようだ。

  小雨の中ぬかるむ山道をブツブツぼやきながら歩く。しかし山里の風景はいい。緑の中に赤や黄が点在する。刈り取られた稲からは新芽が出て、一面黄色いジュータンが敷かれているよう。やがて林の中に小さなお堂が見えてくる。石動寺である。残念ながら周囲はまだ一面の緑。

  鶏足寺に向う。パンフレットを見たらここの参道はすばらしかった。左右から覆いかぶさるような楓のトンネル。一面緑に染めている苔。その上を彩る楓の落ち葉。しかしまだ十日も早いだろうか。さすが行基の創建になる古刹、なかなかの風格。紅葉どころではない。雨足が強くなってきた。本堂の軒先を借りて弁当を使う。

  整備された遊歩道を少し歩くと二つの収蔵庫に着く。この辺りの寺の仏像を収納している。なかなかの逸品があり、往時の隆盛が偲ばれる。収蔵庫の隣には戸岩寺と與志神社がある。ここの参道も色づけばさぞ美しいと思われる。

  結局見ごろには十日ばかり早い湖北めぐりになったが、湖北の仏教文化の一端に触れることが出来た。

  大和の紅葉の名所と言えば談山神社であろう。昨年あまりの混雑にもう止めようと決心したが、またぞろ出かけることになった。桜井を過ぎ山道に差し掛かるともう渋滞。いささかげんなりした。しかし駐車場からの眺めは正にポスターそのもの。今年は色づきがいい。見事の一言に尽きる。混雑を乗り越え来た甲斐があったというもの。

  中大兄皇子と藤原鎌足が密談した御破裂山が背後に色づいている。日本で唯一の十三重塔を中心に、美しい社殿が紅葉の中に左右に広がる。カメラマンが似たようなアングルを狙うので、込み合って動きが取れない。

  紅葉に包まれた談山神社を惜しみながら長谷寺に向う。ここはボタンで名高いが、桜や紅葉も捨てがたい。今や見ごろ中の見ごろ。残念ながら桜の葉は散っていたが、銀杏の黄色と欅の樺色が楓の赤に見事に調和している。本堂のバルコニーには、紅葉に埋まる谷越えの五重塔を写さんとカメラマンが放列を作る。以前は辛抱強く待てば人の切れる一瞬があったが、今では日が暮れてしまう。

  京都の紅葉と言えばやはり嵯峨野があがる。猛烈な人出に恐れをなし、シーズンは避けていたが、今年の紅葉は良さそうなので思い切って出かけた。京都の駅でびっくり。いつもなら閑散としている山陰線のホームは人で溢れかえっているではないか。

  嵯峨野下車、まず釈迦堂に向う。テレビで紹介されていた隣の宝匡院の紅葉がすばらしかったので寄ってみる。小さな門をくぐると驚いた。紅や黄の葉が陽を浴びて照り輝いている。細くて長い枝に小さな葉っぱの山もみじ。いかにも京都という佇まい。釈迦堂に参ってから天竜寺に向う。二尊院も常寂光寺も人で埋まっている。紅葉で美しい参道も人の列。恐れをなしてここをパスして天竜寺へ。

  天竜寺の塔頭宝厳院の庭は素晴らしい。一面の苔に紅の落ち葉がちりばめられている。

  天竜寺は切符売り場に行列が出来ている。池越えの眺めはさすが名庭の名に恥じない。借景の嵐山もすっかり色づいている。

  いよいよ紅葉も終わりに近づいてきた。正暦寺に行く。ここは谷間で陽が当たらないので例年色づきが悪い。しかし今年は違う。楓の大木が見事に染まっている。さすが西の日光と言われるだけのことはある。客殿に座って庭越しに見える向かいの山は正に色の競演と言えよう。

  レギュラー番組でまだ行っていないのは当麻寺と宇治川そして近場の生駒山系と春日奥山。当麻は諦め宇治川に向う。世界遺産宇治上神社に詣で、裏山を一巡りし、興聖寺に降りる。宇治川に沿って少し歩く。紅葉は少し盛りを過ぎていたが、緑の川の流れに映し、これぞ日本という景観である。

  生駒山系を二箇所歩き、いよいよ世界遺産の春日奥山と言うことになる。私の一番好きな紅葉の名所だが、訪れる人は少ない。やや遅れ気味とはいえ、シーズンを飾るに相応しいコースである。杉木立の間に紅葉が輝く。今年の紅葉狩りもこれで終わった。

                          ( 2006.12 )