閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
何とも心洗われる映画ではないか。イラン映画を観るのは初めてであったが、いたく共感を覚えた。 イランの貧しい家庭、そこに小学生の兄と妹がいた。兄が使いに出て、修理に出してあった妹の靴を取ってくる。ついでに頼まれて八百屋による。その時つい靴を店頭のごみの上に置く。折悪しく屑屋がやってきて、その靴をごみと一緒に持って行ってしまった。 勿論こんな話は両親には出来ない。妹は怒るがどうしようもない。幸い学校は二部制になっていて、登校時間に差がある。まず妹が兄のぶかぶかの靴をはいて登校する。下校途中ですばやく履き替え、兄は猛烈な勢いで学校まで走る。毎日遅刻して先生からは大目玉。 妹の下級生になくした靴をはいている子が見つかった。兄と妹はその後をつける。しかしその子の父が盲目であることを知り、すごすごと帰ってしまう。やがてその子が新しい靴をはいて登校してきた。妹はその子に、古い靴はどうしたのと詰め寄ると、捨ててしまったと言う。 そんな時、学校対抗のマラソン大会が開かれた。その三等の賞品は何と運動靴。既に締め切りは済んでいたが、兄は必死に頼み込み、何とか出場する機会を得た。兄は三位に入り、賞品の靴を女の子のものに変えてもらおうと考えている。 レースは伯仲、一番から三番までは団子になってゴールに飛び込んだ。皮肉にも僅差で兄は優勝、大変な栄誉とリゾート地への旅の招待状が与えられた。しかし兄は周囲の賞賛をよそに、悄然と我が家に向かう。 靴はぼろぼろ、足は豆だらけ。その足を広場の真ん中にある噴水につけ冷やす。赤い金魚が寄ってきて、その豆をそっと舐め癒してくれる。その頃父は漸く仕事にありつき、妹の靴を買ってやっていたが、兄はそれを知る由もなかった。 今スポーツ用品店に行くと、運動靴が綺麗に並んでいる。ブランド別、用途別、種類も豊富である。値段はなかなかいい。私が買うのは店頭に積んである特価品であるが、子供達は棚に並んでいるのを指差しさえすれば何でも手に入る。 私はこの映画を観たとき直ちに思い出した。戦後ものがなかった頃、運動靴など見たくもなかった。復員した兵隊さんの編み上げが幅を利かしていた。そんな時、近くの小間物屋に、二足の運動靴が並べられた。私はおふくろに大変無理を言って、安い方の一足を買ってもらった。喜んでそれをはいて遊んでいたら、一日で底のゴムがひび割れだらけになってしまった。早速その店に返しに行ったのだが、店の人は、はき方が乱暴だからと言って受け取らない。私も黙って引き下がるわけには行かない。散々もめて、漸くお金を返してもらった。 またこんな事を思い出した。会社に入って暫くしたころ、大阪の街を歩いていたら声をかけられた。小学校の時隣に座っていた人であった。久しぶりだったので昼食をしながら昔話に花を咲かせた。彼はこんな事を言った。「僕は君がとても羨ましかった。君は病気が治って学校に出てくると、必ず新しい学用品を買ってもらっていた。・・・・」私は子供のとき腺病質でよく学校を休んだが、そのたびに新しい学用品を買って貰っていたなど申し訳ないけれど全く覚えていない。私の家はごく普通の家庭だったが、当時学用品も満足に買えない家が多かった。それでも愚痴一つこぼす訳でなく、元気に跳ね回っていた。 この映画の家庭は、親子五人やや下層に属する家であろう。家具といえばよく映らないテレビが一つあるだけ。幼い子供はよく家事を手伝い、病気がちの母親を助けている。兄はこまめに妹の勉強を見てやっている。 しかしこの兄弟のすばらしいのは、何と言っても家の窮状を察知し、自分達だけでこの問題を解決しようとしていることである。確かに兄は自分の不注意で靴を持ち去られたが、遊びに夢中で取られた訳ではない。父親に話せば無理して買ってくれたかもしれない。又妹も「お兄ちゃんが靴を無くした」と親に言いつけることをしない。毎朝二人で一つの靴をはいて走っている。 下級生が自分の靴をはいているのを見つけ、兄と後をつけて取り返しに行くが、その子の父親が盲目であることを知り、あきらめて帰る優しさも持っている。 マラソン大会の三等賞が運動靴であることを知り、締め切りが過ぎているのに、必死になって頼み込む兄の顔。クライマックスのマラソンのシーンでは思わず「ガンバレ、ガンバレ」と応援してしまった。父親が妹の靴を買ってやったことも知らず、独り悄然と足を冷やしているシーンが実にいい。 戦後デ・シーカの「自転車泥棒」というイタリア映画があった。父親は失業中で職探しをしている。そして漸く郵便配達の仕事にありつく。しかし配達に使う自転車は自分で持ち込まなくてはならない。父親は最後に持っていた僅かなお金をはたき、息子とレストランで食事をする。レストランを出たとき、一台の自転車が店の前に置かれているのが眼に留まる。父親は思わずそれに乗って逃げる。・・・・ 家の近くの空き地に、よく自転車が乗り捨てられている。幾日経っても取りに来る人はいない。まだ十分使える自転車だ。私はこのような光景を見ると、いつも「自転車泥棒」を思い出して胸が痛む。 景気が悪い、内需振興だ。国を挙げて無駄遣いを奨励している。今の子はまるで打ち出の小槌を持っているようなものだ。親だって、リストラだ、ベース・ダウンだという時代、そう無限に打ち出の小槌を振る訳には行かない。子供が我が家の窮状を察して・・・なんて言うことは到底期待出来ない。親も見栄を張って無理をする。この映画を日本の小学生や、中学生に見せたら、どんな反応を示すだろうか。 テレビを見ていたら、NHKで世界の小学生の生活満足度調査をやっていた。今の生活に満足しているという人が、一番多いのが北京、じつに76%におよんでいる。一番少ないのが東京、わずか26%。一体この数字をどう読んだらよいのであろうか。 (2000.01) |
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