閑中忙あり [観たり・読んだり・歩いたり] | 目次 |
小泉総理に記者が質問した。「総理は華氏911をご覧になりましたか」。総理は答えた。「いや観ていません。批判だけしてもしょうがないものね」。映画好きの総理の事、夏休みには何か映画を観ているはずだ。テレビは引き続いて総理が「ディープ・ブルー」を観ているところを映していた。 マイケル・ムーアの華氏911が、カンヌでパルムドールを受賞した。上映後スタンディング・オペレーションが二五分続いたと言う。ドキュメンタリー映画としては「沈黙の世界」以来実に四八年ぶりの快挙であった。 この映画は親会社ディズニー社の圧力もあり、アメリカでの公開が危ぶまれていたが、カンヌの成功に押され、全米八六八館で公開、ドキュメンタリー映画では異例の一億ドル突破と言う興行成績を記録した。 最近イラク戦争の泥沼化から、ブッシュ大統領に対する風当たりが強くなっている。選挙も手伝ってブッシュ批判の書物や暴露本が色々出されている。その中で、「忠誠の代償」と「金で買えるアメリカ民主主義」を読んでみた。 「忠誠の代償」はピュリツァー賞を受賞したロン・サスキンドが、ブッシュ政権で二年間財務長官を務めたポール・オニールの見たブッシュ・ジュニアーを物語風に描いたものである。 この書を読んで大変興味をそそられたのは、ブッシュ政権における政策決定の過程である。われわれは世界を動かすアメリカの政策の決定は、膨大な情報の収集・分析にもとづいて英知を集めて議論し決定されるものと思っていた。どうもそうでもないようだ。どこの国でもあるようなものと大差ないようだし、そこらの会社でもありそうな話でもある。 世の中には理念主義者と実利主義者がいる。理念主義者はあらかじめ「こうありたい」という願望からストーリーを構成し、それに適合するような情報を集めて組み立てる。実利主義者は是々非々で、旧来の慣習に捉われず、広く客観的な情報を集め、最適・最有利な選択をしていく。 ブッシュが大統領に選出されると、政権の要の財務長官にポール・オニールを是非にと迎えた。顔合わせに、ブッシュ大統領のもとに、チェイニー、グリーンスパン、オニールが集まった。オニールは国の最重要施策に就いてのスリ合わせがあると期待していた。しかし大統領は議論するでもなし、質問するでもなしで終わってしまった。その後聞くところによると、大統領は報告書も殆んど読まないとのことであった。 オニールは元役人であるが、アルコアのCEOを勤め、世界最強のアルミ会社に育て上げた人物である。バランスの取れた判断力、旧習に捉われない思考、実利にもとづいた合理的な計画、正に政権の要、財務長官に相応しい人物であった。しかし理念に凝り固まったブッシュ大統領とは合わなかった。 大統領は選挙公約に大幅減税を謳っていた。オニールとグリーンスパーンは財政の見通しを危ぶみ、様々な形で反対したが果せなかった。環境問題、イラク問題、低開発国援助問題、政策の基本的なところで大統領の進め方と合わなかった。しかし大統領は違いをつめる為に、質問したりディスカッスする事はなかった。 就任して二年、ブッシュ大統領は財務関連の人事の組換えを決めた。乞われて就任した財務長官は更迭された。理念主義者はイエス・マンに取り囲まれるようになった。 「金で買えるアメリカ民主主義」は強烈だ。著者は現在ホワイトハウスが最も恐れている調査報道記者グレッグ・パラスト。本書は内容があまりに過激なため,アメリカではマスコミが取り上げず、イギリスBBC他が記事とした。本書はそれのアメリカ向けの改訂版である。その一部を目次から紹介すると、第一章サイバースでの人種差別――報道されなかったフロリダ州の投票工作の全貌。第二章金で買える民主主義――ブッシュ家の人々と取り巻きの億万長者達。第三章カリフォルニア・ドリーミング――電力自由化と電力海賊。以下八章に亘り一般に報道されていない暴露記事がつづく。 事の真偽は我々には分らないが、よくもここまで書いたものだと感心させられる。これが事実ならアメリカの民主主義もおちたものだと大いなる懸念を持たざるを得ない。 さて、映画の方だが、これは大変だ。通常二,三十人しか入らない奈良の映画館が満席である。冒頭ブッシュ大統領がゴルフに興じている様子が映し出される。ナレーションが流れる。ワシントンポスト紙によると、大統領が就任してから九月十一日までの八ヶ月間四二%が休暇だったと。 このドキュメンタリー映画は、既にマスコミその他で報ぜられ記録されたものを編集したもので、この映画のためにインタビューされたものは最後のほうで僅かに出てくるに過ぎない。従って大統領選から四年間の様々な事件をマイケルムーアの見方から編し、他人の口を借りて述べるという形をとっている。 よく事件があると、街の声を聞きましょうとテレビが街頭に出る。町のおばさんやおじさん、あるいは若者がいろいろな事を言う。賛成の人を中心に編集すれば、なるほど世論はそうなのかという事になるし、逆にすれば世の中反対なのかと思う。この映画を共和党支持者が見ればさぞ頭に血が上るであろうし、民主党支持者が見れば喝采を叫ぶであろう。 この映画の圧巻は、なんと言ってもブッシュ大統領のフロリダの小学校参観シーンであろう。このときの様子を小学校側が映していた。大型ジェット機が世界貿易センタービルに激突したと言うニュースが大統領に齎されたのだ。国家の最重大事。直ちに行動を起こしてしかるべきであろう。大統領は動かなかった。七分間虚ろな顔をして。「悪い仲間と付き合ってしまった」。字幕が流れる。ブッシュ・ファミリーはサウジの財閥と密接につながりがあり、さまざまな利権が絡んでいると噂されている。 九一一事件以来アメリカは、世界は、イラク戦争をめぐって動いている。このドキュメンタリーもイラク戦争が中心である。印象的だったのは白人の海兵隊募兵係が、スラムの若者を狙って勧誘するシーンだ。アメリカは志願兵制、貧困が若者を戦場に駆り立てる。しかし戦場で息子を失った母親は一転反戦主義者に変わる そしてラストはマイケル・ムーア自身が登院途中の代議士を捉えてはインタビューする。「あなたの息子はイラクに行っていますか」。・・・・なんでも上下院合わせても息子をイラクに送っているのは一人だけだそうだ。 テレビを見ていたら大統領選の共和党大会がニューヨークで開かれていた。街では十万を超える民主党支持者のデモ。勿論マイケル・ムーアも加わっている。そして共和党大会の会場にもムーアはいた。何か大声で叫んでいるが聞こえない。そのうち場内のブーイングでマイケルは途中で退場。 共和党大会を見ていると、その支持者達はもはや宗教のようにも見える。反戦運動が起ころうが、エンロンが問題になろうが、双子の赤字が膨らもうが、共和党支持には変わらない。そういえばわが国でもいろいろあっても自民党支持は覆らない。この映画も選挙の結果にはいささかも影響が無いと言われている。 しかしいつも感心させられる。アメリカの懐の広さに。この映画にしても堂々アメリカではまかり通っている、先にあげたような本も売れている。勿論作者には相当なプレッシャアーがかかっているだろうが。だが彼等は屈しない。アメリカの民主主義はいまだ健在なのか。 (2004.09) |