閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
 GEとともに
          ウェルチ経営の21年
               
――ジャック・ウェルチ



  もう30年近く前のこと、あるミッションに参加して欧米の人事制度、特に評価制度を視察に行った事がある。アメリカではバンク・オブ・アメリカ、USスチール、GM,シヤーズ・ローバック等超一流企業を歴訪し、最後にGEを訪れた。
  その時のミーティングは緑深きニューヨークの郊外にあるGEの研修所で行われた。芝生に覆われた広大な敷地は、さながらリゾート・ホテルを思わせた。何より羨ましかったのは、立派なバーがあって、研修が終わると、侃侃諤諤議論を闘わせるということであった。勿論フリードリンクである。
  人事制度の話は忘れてしまったが、印象的であったのは、アメリカでは研修と言えば経営者や上級管理者が対象で、一般職は専らO・J・Tで訓練がなされていると言う事であった。その頃わが国では、経営者や上級管理者の研修と言えば時折社外に派遣する程度であった。社内では一般職を対象にして熱心に研修が行われていたが。
 
  GEの中興の祖として21年間会長兼CEOの重責を果たし、今日の繁栄の基礎を築いたジャック・ウエルチが2年前に引退した。それからウエルチに関する本が自作・他作を含め10冊近く出ている。何か一つ読んで見ようと思って本屋で眺めていたら、「GEとともに」が目にとまった。今から30年程前のこと、GMの中興の祖と言われているA・P・スローンが「GMとともに」という本を著わし、当時経営者の教科書として持て囃された。その表題と似ているので心が惹かれた。GMとGE、アメリカ、否、世界を代表する巨大優良企業、スローンとウエルチ何れも中興の祖として両社の発展に多大の貢献をした人。
  昔読んだスローンの「GMとともに」を本棚から引っ張り出して目次に眼をやり、パラパラ頁をめくってみた。もう殆ど忘れてしまったが、改めてスローンの偉大さが伝わってくるようだ。自動車と言えば何か大当たりした車種の成功物語が出てきそうだが、違う。組織・人事・財務・購買・生産・研究開発そしてマーケッティング、経営のあらゆる側面に対して綿密な施策を展開している。経営に奇手無しと言われるが、実にオーソドックスなマネージメントである。そしてその中で他社と一味違う革新的な考え方を取り入れている。

  ウエルチの「GEとともに」はウエルチが21年間に亙って、アニュアル・レポート
の冒頭に書いた株主に対するメッセージを編したものである。ウエルチは日本の社長と違ってこのメッセージを全部自分で書いたそうである。
  フィナンシャル・タイムズによると、最も尊敬される企業にGEがここ4年連続で1位にランクされている。ウエルチは80年台のアメリカの経済・社会が大きく変転する中、見事にリストラクチュアリング(事業再構築の事で首切りの事ではない)を果たし、GEを今日世界一の超優良企業に育て上げた。
  ウエルチ在任の21年の間に、GEの売上げは5倍に増加1,300億ドルに達した。その純益は実に8.5倍の130億ドルに及んでいる。そして勿論事業内容は大きく変化して時代にあったリニューアルがなされている。 
   
  面白いのは、ウエルチのアニュアル・レポートに於ける株主向けメッセージを通読して見ると、事業のリニューアルの方針やら成果については述べられているが、一貫して訴えているのは、GEの組織開発の事である。それは正に官僚化との闘いである。こんな事は日本のアニュアル・レポートには先ず触れられていない。それがどんな内容なのか良く分からないが、ワークアウトと言う組織開発のプログラムを88年から立ち上げている。エジソン以来と言う古い歴史のある会社には様々な仕来たりがある。またGEのような巨大会社になると縦、横組織の壁は厚くなる。私が訪問した時に聞いた話ではなんでも9段階の管理階層があると言う事だった。
  これを何とか打破しなくてはならない。ワークアウトに於いては色々なメンバーを集めてグループを作り、率直な話し合いをする。ウエルチ自身もしばしば出向いていった。組織は簡素化され、風通しは良くなった。大企業の強みを維持し、小企業の精神を宿す。―これがウエルチの組織開発の理念であった。
  そして96年からはシックス・シグマというわが国でいうQCサークルのようなものを作り、全員参加で徹底的に組織に植え付けていった。この考え方に賛同しないものは排除された。品質を向上し、リードタイムを短縮し、回転率を向上し究極まで効率を追及していった。その目標は常識を超えるものであった。これがGEの競争力の源泉になった。 
  この二つの運動を通じGEは極めてフランクで効率の良い組織になっていった。

  GEは一位か二位の仕事しかやらないとよく言われている。ウエルチは80年台の初めCEOに就任した時に考えた。所詮自由競争の世の中、これからは世界で一位か二位の企業しか生き残れない。将来とも見込みのない事業から潔く撤退し、成長の見込める分野に新規事業を求めていこう。
  然し其処が難しいところ。石油ショックの後、日本の重厚長大産業は競って新天地を求めた。バイオ・電子・不動産・レジャー・・・それは落下傘部隊と呼ばれた。大部分は敵に囲まれ、本体と結ばれないまま自滅してしまった。そして再び本業復帰と言い始めた。然しこの間手を抜いていたので後進国の追い上げにあって競争力を失ってしまった。
  ウエルチはこれまでの中核事業分野のうち有望なものには積極的に投資し、その再活性化を図った。将来性のない事業からは撤退、有利な売却を新規事業の投資に積極的に回して行った。GEの伝統的な重電の中で競争力のあるもの――例えば輸送システム・モーター・ライティング・建設機器等には積極的に設備投資や研究投資をしたが、家電は思い切ってトムソンに売却、トムソンの医療機器と交換し、将来の成長分野としてラインアップしていった。そして航空宇宙産業・オートメイション・メディカル・・・・と新しい成長分野に出て行った。更に産業構造の大きな変化を見通し、金融・サービス・不動産と戦線を拡大していった。
  GEは異分野に進出する時にはその分野の一流を買収、傘下に収めている。メディアのRCA・NBC,ITのハネウエル、プラスチックのボーグ・ワーナー、その他金融・保険・不動産・サービス関連でそれぞれ一流を手中にし育てている。
  わが国がかつて異業種に進出したときの買収企業の大部分は、競争力のないつぶれかけた会社であった。そして本業の方は将来性がないといって投資が控えられ、社内でも肩身の狭い思いをしてきた。

  GEのこの21年間のリストラクチュアリングの変遷を辿るのは極めて興味あることだが、ここでは省く。ウエルチはその最後のアニュアル・レポートで、GEの優位性に就いて次の4つを挙げている。グローバル化、サービスの重視、シックス・シグマによる品質管理、デジタル化。GE経営の基本は人を大切にすることにある。GEの組織理念に反する人は積極的に排除したが、リストラによる首切りは極力控え、様々な配慮をしてきた。

  「競争優位の戦略」でわが国でも名高いマイケル・ポーター教授が昨年来日した。ある記者がGEの経営に就いて問うたところ、教授はこう答えた。「GEは事業の幅を拡大しすぎた。もう一度リストラクチュアリングを必要とする時期が来るであろう」。げに企業の経営とは難しいものだ。
  売上高17兆円、一国の国家予算に迫るような巨大企業。伝統的な重電からハイテクのメディカル、IT関連と言ったメーカーの分野から、保険・金融・不動産・メディアといったサービス分野。大変広範な産業分野を手がけている。我々メーカー育ちにはどうもサービス分野には違和感を覚える。事実日本のメーカーが試みてことごとく失敗している。 
  然しアメリカと言う国を考える時、産業の分野の重点はサービス分野に移行している。GEの動きも必然なのかも知れない。果たしてウエルチ退いた後のGEはどうなっていくのであろうか。
                            (2002.3)