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ガルブレィス わが人生を語る

――ガルブレィス


  昨年、年が押し詰まった頃、ドラッカーの訃報に接した。そして年が明け暫くすると、今度はガルブレィス,巨星相次いで墜ちるの感を深める。ガルブレィス享年九十七歳、ドラッカーとほぼ同年齢、御両者とも二十世紀のアメリカ、否世界の経済・社会に与えた影響はすこぶる大なるものがある。

  ガルブレィスといえば直ちに「不確実性の時代」が頭に浮かぶ。この言葉は当時の予見しがたい時代を言いえて妙で、わが国でも一時流行語になったほどである。氏は多くの著書を著している。わが書架を見ても「不確実性の時代」に始まって、「経済学の歴史」「経済学入門」「バブルの物語」「ハーバード経済学教授」「悪意なき欺瞞」がある。「バブルの物語」は九十一年に刊行されたが、折からのわが国のバブル崩壊と重なり、大変興味深かった。

  表記の書は二千四年の一月に「私の履歴書」に掲載されたもので、このほど一冊の本に纏められ出版された。

  

  ガルブレィスはカナダの農村で生まれた。その所為か農業経済学者の学位を取り、終生それで通した。氏はカナダのオンタリオの農大に学んだが、そこの教育方針に馴染まず、カルフォルニア大学に移った。そこでの研究成果が認められ、ハーバード大学に招かれ、以後七十年もの間同校との関係が続いた。

  ガルブレィスの人生で最も影響を受けた出来事は大恐慌である。当時、独占企業の力が強くなったことが大恐慌の原因であると言う考え方が有力であった。そこにケインズが現れた。恐慌は総需要が不足しているから起こる。政府がその流れをつくることが大切であると言った。

  ガルブレィスはたちまちその考え方に魅了され、研究のためイギリスに渡った。時代によって理論は修正を迫られるが、終生氏の考え方の奥深くにはケインズの考え方が宿っていた。

  恐慌のさなか、ルーズベルトが大統領に就任した。大統領はケインズの考え方を取り入れ、ニューディール政策を打ち出しアメリカを恐慌から救った。ガルブレィスはルーズベルトを尊敬していた。

  ガルブレィスは経済学者として多くの業績を残したが、生涯を通じての大仕事は、第二次大戦の折、物価安定策に責任者として係わったことである。氏はあの時代、アメリカがインフレや経済危機を起こすことなく乗り切ることに貢献できたことを誇りに思っていた。

  しかしこの価格統制令は企業にとって大変不人気で、氏が評判の悪いエコノミストとして攻撃を受けることとなったばかりか、時としては要職に就くことの妨げになった。

  戦争は日本も加わり激化の一途を辿った。ガルブレィスは価格統制の責任者の仕事を辞し、フォーチューンの経済記者となり活躍した。氏はここでアメリカの大企業の姿に間じかに接し、後の研究に大いに役立てることが出来た。

  終戦直後、ガルブレィスは「戦略爆撃調査団」に加わり、ドイツ及び日本の都市に対する戦略爆撃の成果を調査した。氏はそこで空襲の悲惨さを目のあたりにし、その後反戦運動に加わるようになった。

  ガルブレィスは日本人の勤勉さと、知識レベルの高さに接し、これならば日本人に任せておけば、程なく日本は復興するものと確信を持った。ドラッカーと同様氏もすっかり親日家になった。その後インド大使も勤め、インドの文化・芸術に魅せられた。

  

  ガルブレィスはその後記者の仕事を離れ、本業のハーバードに戻り、産業組織論の講座を持った。氏のこれまでの官民に亘るキャリアーが、この後の研究に大いに役立ったことは言うまでもない。

  氏はその研究を通じ、拮抗力と言う考え方を提案した。大企業に対抗するには独占禁止法のような法律に頼るだけでなく、消費者は大企業に拮抗する勢力を持たねばならない。それは生協であったり、大手スーパーであったり、労働組合であったりする。しかしこの考え方は当時の保守派の学者の間では受け入れられなかった。

  ガルブレィスは多くの著書でアメリカの社会に影響を与えてきた。中でも「ゆたかな社会」(一九五八年)はそれまでの経済学の前提になっている概念を根本から変えた。ガルブレィスは述べた。人々は衣食住の欠乏を満たすために必死に働いてきた。しかし今日アメリカでは最早衣食住に困らず、楽しみのためにお金を使うようになって来た。そうなると消費者のニーズがあるから生産者は物を生産すると言うだけでなく、生産者の側から需要を呼び起こす必要があり、経済の主役が消費者から生産者に移っていくのである。こういった中で、公共サービスの重要性、環境への影響と言うことを早くも指摘しているところはさすがである。

  その後、アメリカの企業はますます巨大化していき、世の中に大きな影響力を持つようになった。ガルブレィスは「新しい産業国家」(一九六七年)の中でその巨大企業の支配力は従来のような資本家ではなく、企業内の専門家が持つようになると述べた。当然のことながら、この考え方は古い資本主義を擁護する保守派からは猛烈な攻撃を受けた。

  しかしなんと言っても、ガルブレィスの真骨頂が表れているのは「悪意なき欺瞞」であろう。ガルブレィスは生涯世の中の通念を批判し、自らの考えを貫き通した。通念はあたかもそれが正し物として世の中にまかり通っている。人々はそれを自分の都合のいいように使っている。

  一例を挙げる。資本主義は悪弊をもたらしイメージを悪くしてきた。そこで市場経済という概念を持ち出してきた。経済は市場によって動く。市場は消費者によって決められる。一見正しいことを言っているかのように思える。かくして弱肉強食、巨大企業は市場システムの名の下に、ますます寡占化、巨大化を強めていく。消費者はマスコミに操られ、消費者主権はどこかに行ってしまう。その結果大企業の経営者は目のくらむような報酬を得て、市場経済はますます世界に広まっていく。

  更にガルブレィスは「労働」「GDP」「株主と経営者」「民営化」「金融・財政」等々多方面に亘り悪意なき欺瞞について告発している。此の事は以前に別項を起こしているので、ここでは触れない。

  ガルブレィスは生涯を通じ学者・役人・ジャーナリスト・反戦運動家等と幅広く活躍した。氏の反骨精神はしばしば保守主義者たちと衝突した。世の中の通念に断固挑んで、自説を主張していくこの大家の死は、大いに悼まれるところである。

                 ( 2006.08 )