閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次

ガイアの復讐

       ― ジェームス・ラブロック

  

         

  トヨタ自動車が今年は九四二万台の生産をすると発表した。遂にアメリカの巨大企業のシンボルGMを抜くところまでになったのか。戦後の苦難の道を考えれば、よくぞここまでやってきたものだと誇らしく思う。

  しかし喜んでばかりいられない。最近新聞を見ていたら、産業革命この方、空気中の二酸化炭素が三十%も増加していると書かれてあった。輸送機器はその排出量の三分の一を占めている。

  イギリスの生物物理学者ジェームス・ラブロックが「ガイアの復讐」という本を著している。この本を読むと絶望的になる。ガイア――生ける地球は破滅に向って進んでいる。そしてそれは既に閾値を超え、引き返せないところまで来ているように思える。人類がもう二百年早くこのことに気がつき、対策を打っていたならば間に合っていただろうに。

  現在の二酸化炭素の濃度は三五Oppmである。この濃度が五百ppmを超えると、最早二酸化炭素の量を減らす事は不可能になってしまう。それは現在のペースで行くと四十年後にやってくる。

  二酸化炭素やメタンガスが増えて温暖化が進むと、海水の温度が上がる。二酸化炭素を大量に吸収し、酸素を大量に発生しているのは海藻類である。その生育の適温は十度である。海の上層部が温暖化すると、海藻類が育たなくなる。ガイアのいま一つの二酸化炭素の吸収源は言うまでもなく森林である。森林の適温は二十度である。温度が上がれば砂漠化していく。

  世界中の森林を観て回っている山田勇という人が、世界森林報告という本を書いている。世界中の森林が如何に乱伐にあっているか、殊に東南アジアの熱帯雨林の荒廃がひどいかが述べられている。その材木の主な行き先は日本であると聞くと嫌になってしまう。

  再生可能なエネルギー源と言うものがある。その中で最近脚光を浴びているものに「バイオマス燃料」がある。菜種とか玉蜀黍とか砂糖きびといったものを燃料用に特別に栽培し、エタノールを採るというものである。これは二酸化炭素がプラスマイナスゼロと言う考え方である。

  しかしこれを使って輸送機を動かそうとすると、二ギガトンから三ギガトンの炭素を燃やすことになる。我々が食料で消費しているのはO.五ギガトンに過ぎない。地球上全部畑にしても及ぶ量でない。

  畑が増えることは森林を圧迫する。先日テレビを見ていたら、このバイオマス燃料が良いビジネスだといって、アマゾンの森林を伐採して、砂糖きび畑に変えているところを映していた。エタノール車は二酸化炭素がプラスマイナスゼロといってガソリンスタンドで誇らしげに給油していた。ガイアの宝アマゾンの森林は一体どうなるのだろうか。

  そもそも化石燃料にしても、再生可能なバイオマス燃料と同じではないか。ガイアは気の遠くなる様な長い期間をかけて、地下に炭素を、空気中に酸素を作り続けてきた。それをごく短時間で奪ってしまうから問題が起きるのだ。質の問題でなく量の問題なのである。このバイオマスも量の問題を考えれば、化石燃料より地球システムを破壊する可能性大である。

  ラブロック博士は様々なエネルギー源について論じている。石油・石炭からの発電効率は四十%と極限に達している。その際発する二酸化炭素を固形化して深海に埋める試みはノルウェーで一部行われている。しかし年間二七O億トンにのぼる二酸化炭素を処理することはできない。

  それでは天然ガスはどうか。天然ガスは燃焼しても二酸化炭素は石油に比べて二十%しか発生しないので、クリーン・エネルギーと言われている。しかし輸送中、貯蔵中、家庭で使用中、ガスが漏れる恐れがある。天然ガスにはメタンガスが含まれている。それは二酸化炭素の二十倍の温室効果がある。

  それならば水素はどうか。水素は天然ガス・石油・石炭から容易に取り出せる。燃やしても水が出るだけで有害物資は産出されない。又水素と酸素を直接反応させて電気を作ることも可能だ。発電効率は百%に近い。ただ水素を燃料として使う場合の製造・輸送・供給のインフラ整備には気の遠くなるような資金と時間がかかる。

  更に水素と酸素から直接電気を作る燃料電池の開発は、自動車メーカーを中心に活発に行われているが、解決すべき課題が多く、果たして短時日の間に経済的に見合うものが出来るか疑問である。

  風力発電は環境保護のデモンストレーションとしての効果は大きく、欧州ではかなり実施されている。しかしそのスペース・ロケーション・コストを考えると、到底再生可能エネルギーとしての担い手足り得ない。

  潮力発電はどうであろうか。イギリスやフランスで実施されているが、コスト的に見合っても、発電量としてエネルギー需要のかなりの部分を補えるとは思えない。

  太陽電池は電力供給が困難な地の発電には威力を発揮するが、通常の発電にはコスト的に引き合いそうにもない。

  昔からある水力発電はかなりのウェイトを占めていた。しかし三峡ダムを除いては大型物件の適地はなくなってしまった。これもやはり補助的な地位しか占められないだろう。

  あれも駄目、これも駄目、それならラブロック博士はいったい何を推そうとしているのだろうか。それは原子力エネルギーの活用である。究極的には核融合エネルギーであろうが、それまでは核分裂が最も効率的で、かつ環境に与える負荷も少ない。

  環境保護団体は原子力と聞くだけで猛反対する。広島や、チェルノブイリのイメージが強いのであろう。化石燃料を燃やすと年二七O億トンの二酸化炭素が発生する。それを固形化すると高さ千六百米、外周十九キロメートルの山が出来あがる。一方核分裂の廃棄物は一辺十六米の立方体に収まる。

  又環境保護団体は無農薬を主張するが、無農薬栽培は生産性低く、更に膨大な森林を破壊することになる。これでは環境保護にならない。

  こんな事を論じている間に、二酸化炭素はどんどん空気中に放出され、温暖化は進んでいく。最近EUでは二O二O年までに、二酸化炭素を一九九O年比二十%削減するという目標を掲げ始めた。風力・太陽光・バイオマス等を二十%にするというものである。アメリカではバイオマスによるエタノールを二OO八年までに倍増して百億ガロンにすると言っている。ブラジルでは七年でエタノールを倍増するといって農地や森林を破壊している。そんな中、EUでは原子力を見直そうという声が出始めている。

  新聞にこんな記事が出ていた。わが国の地球環境研が大規模な二酸化炭素処理方法を開発したという。それは日本に大量にある蛇紋岩に二酸化炭素を反応させるというものである。これにより日本の排出量の二倍の二酸化炭素を年間に処理できるというものである。化学反応としては可能であるかもしれないが、実際の処理としては難しい問題が沢山あるのであろう。

  省エネルギーを徹底追及するのか、二酸化炭素が発生しないエネルギー源を開発するのか、発生した二酸化炭素を処理する方法を開発するのか。博士の言うように、人類は、ガイアは最早引き返せないところまできてしまっている。行動を起こす最後のチャンスである。そんな折、国連の気候変動に関する政府間パネルが報告された。今世紀末地球の気温は最大6.4度上がり、水位が59センチメートル高くなる可能性があるというものである。中国の自動車の購買台数が日本を越えたというニュースを聞くにつけ、何か恐ろしい気がするこの頃である。

                                (2007.02 )