閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
       Shall we dance?     

かれこれ十年ほど前、「Shall we ダンス?」という映画が評判になり、日本映画としてはゴジラに次ぐ二百万人という観客を動員した。そしてこの映画はアメリカでも大当たりし、百九十万人と言う観客を集め、日本映画としては過去最高の興行成績を収めた。

  わが国では、戦後社交ダンス(ボールルーム・ダンス)が流行した。娯楽が少なかったからか、男女の交際が自由になったせいか知らないが。その頃やたらとダンス・パーティが開かれ、クラブ活動の資金源となっていた。バッキー白片とかポス宮崎とか聞くと、当時が懐かしく思い出される。残念ながら私は踊れなかったので、皆の楽しそうな姿を横目で見ながら、受付やらクロークをやらされていた。
  会社に入ってからは、クリスマス・パーティがあって、時期になると有志が熱心に練習したものだった。それが高度成長時代も終わりを告げる頃になると、遊びも多様化しダンスは流行らなくなってきた。クリスマス・パーティはもっぱら飲んだり食べたりに終始するようになってしまった。
  結局わが国ではボールルーム・ダンスは根付かず、欧米の伝統はなじまなかったようだ。ダンスに変わっていまや社交の中心はカラオケと言うことになってしまった。それがどうであろう、近頃公民館のようなところを覗くと、老人たちが愉快そうに踊っているではないか。ここでも女性が圧倒的に多いようだ。これも凝ってくると衣装が大変と聞く。

  「Shall we ダンス?」がアメリカで大ヒットした。そこでそのリメイク版が作られた。私はそのリメイク版を観に行った。中々面白かったのでそのオリジナル版を観たくなった。早速ビデオを借りて観た。通常リメイクと言うと、オリジナルの企画を買うもので、その中身はかなり違うものが多い。有名なものとしては「七人の侍」をリメイクした「荒野の七人」がある。これなんか刀がピストルに変わっているが、筋書きは比較的似ている。この映画「Shall we dance?」はどうだろう。かなり細部までリメイクされている珍しい作品だ。余程オリジナルがアメリカで受けたのだろう。
  周防監督はオリジナルの「Shall we ダンス?」のプロパガンダにアメリカに行ったときの話を「Shall we ダンス?」アメリカに行くという本に纏めている。そしてリメイク版のプレミアショウに招かれたときの事をアメリカ人の作った「Shall we dance?」に書いている。映画も面白いが、映画を観てこの本を読むと又興が沸く。両者が似ていると言ってもおのずと文化の差がある。映画製作に対する考え方の違いもある。

  中年のサラリーマン、ある会社の課長杉山(役所広司)は最近マイホームを手に入れ、優しい妻とかわいい娘を持って、まずまず幸な人生を送っていた。会社からの帰宅途中、ふとある駅前のダンス教習所の窓に一人の美しい娘がぼんやり外を眺めているのに気がついた。
  主人公杉山(役所広司)は別段今の生活に不満を抱いている訳ではない。しかし何か物足りない。何か今までに経験したことの無い刺激が欲しい。ある時電車が止まりドアが開いたとき、杉山はふらふらと教習所に向かっていた。そこは別世界、男と女が手を組んで踊っている。杉山は結局初心者向きグループ・レッスンをとることとなった。
  杉山の生活に明らかに変化の兆しが見られた。夫がなんとなく浮き浮きしている。妻は思い悩んだあげく探偵を雇うことにした。妻は夫がダンスを習い始めたことを知り一安心、夫をなじることも無く、私にもダンスを教えてとせがむ。
  杉山は美人の先生に秘かな思いを抱くが、それ以上には発展しない。担当の先生が休み、美人の先生に代わったときの杉山の緊張振り。やがて杉山の技量も上がり、先生の薦めもあってコンクールに出場することになった。コンクールの最中、好調に踊っていた杉山がパートナーのスカートを踏み、破ってしまった。場内は大混乱。・・・
  美人の先生はダンスの本場イギリスに留学することになった。そのお別れパーティに杉山も招待された。しかし杉山は出席をためらい、会社の帰り道、普段のスーツ姿でパチンコ屋に入っていた。ダンス・パーティは終盤に差し掛かり、先生が自分で指名する人と踊ることとになった。そのとき杉山が現れ、先生とラスト・ダンスを踊った。あの「王様と私」で有名になった「Shall we dance?」の曲にのって。・・・・
                                        リメイクも筋立てはオリジナルとほぼ同じだが、細部にわたっては日米文化の差もあ
り、映画の演出上の違いもある。周防監督の本の中で詳細に分析されている。リメイクの
主役はリチャード ギァ。さすが大スター、品格の備わる中で立派に役柄をこなしていた。
しかし役所広司の女性に対してのおどおどした態度は一枚上のように思えた。と言うより
日米文化の差が表れているのだろう。
  周防監督は、オリジナル公開に当たってアメリカ十八都市を回った。試写会はどこも
満員であった。まず監督が挨拶をする。映画が終わってから一部の人が残り質問や意見、
感想が述べられる。その前後にマスコミの取材がある。アメリカ人の日本人観はおもしろ
い、戦前の日本人の伝統・習慣が現在も続いていると思っている。「自粛ばかりの窮屈な人生を送るユーモアの無い人達」と信じ、それがステレオタイプに拡大されている。今アメリカ人が日本に来てしばらく住んでみたら驚くであろう。なんとも秩序の無い国、かっての日本的文化の伝統などかけらも見当たらない。
  アメリカ人はこの映画で、その日本的因習を打ち破ったところに意義を見出している。そのシンボルがボールルーム・ダンス。日本でタブーとされている男女の接触が堂々となされる。しかし主人公杉山は美人の先生に心を惹かれるがそれ以上に発展しない。奥さんも夫が浮気をしているのではないと分かれば、何故秘密にしていたのかと追求することは無い。
  それではリメイクではどうか。アメリカ人のタブーはなんであろう。アメリカ人は自分が幸せに暮らしていると思い、思われている。自分が不幸であると思うのはタブーなのである。皆が楽しそうに、幸せそうにダンスをしているのに、自分はダンスができないなんて耐え切れない。弁護士という立派な職業があり、マイホームも家族にも恵まれている。ダンスが踊れれば万々歳なのである。
  そして奥さんの対応が当然日本と違う。奥さんは積極的に夫に問いただす。妻が夫に対する疑惑を持つ過程は数倍丁寧に描かれている。何故ダンスを習っていることを秘密にするのかと追求する。しかし奥さんは夫にダンス・シューズを贈り、お別れのダンス・パーティには自ら出陣して踊りまくっている。

  周防監督が全米各地を回っていると、年配の人たちが異口同音に言う。この映画はいい。暴力とセックスが無い。子供たちに安心して見せられる。最近のアメリカ映画はSF調の刺激の強いものばかりである。そんな中Shall we ダンス?は暴力も無くセックスも無いセンスあふれる喜劇と受けとられ、評判が上がったのであろう。この映画で日本文化に対する偏見も、少しは変わったかもしれない。

                         ( 2005.07 )