閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
    蝶の舌    

   スペインの作家マヌエル・リパスの短編小説3篇を集めて映画化したもの。そのなかの「蝶の舌」がメインであるが、原作は短い。主人公モンチョは8歳の男の子、とても可愛いくて芸達者だ。
  時はスペイン内乱の最中。然しこの映画はスペイン内乱そのものを扱ったものではなく、ラストにそれにからんだ大変劇的な幕切れが待っている。

  主人公モンチョは間もなく小学校に入学する事になるのだが、学校は怖いところと思い込み足が竦むのであった。初登校の日モンチョは恐ろしさの余り、教室でお漏らしをしてしまい、学校を逃げ出し山の中で一夜を明かす。
  小学校といっても、全校で一クラスしかない寺子屋の様なもの。先生はいかつい顔をしているが、生徒に決して体罰を加えず、優しく生徒に接してくれる。そしてモンチョを温かく迎えようと皆に紹介する。モンチョはたちまちこの先生を好きになる。  
  先生の教える事は普通の授業と違い、人生哲学である。詩を読んだり、自然の観察をしたり、農作物や昆虫の話をしたり・・・。題名の「蝶の舌」はそのシンボルでもある。蝶の舌は細長い管になっていて、甘い蜜があるとそれを伸ばして突き刺し吸い込む。先生はしばしば生徒を野外に連れ出し、植物や昆虫の観察をさせる。近々顕微鏡も手に入れ皆に見せてくれると言う。
  わが国では詰め込み教育がいけないというと、すぐ自由に伸び伸び遊ばせてと言う事になる。人生哲学など伝える先生なんて居るのだろうか。それより何より哲学を持っている先生が居るだろうか。時々テレビドラマでXX先生というのがあるが、これでもかこれでもかと哲学の押し付けをやっている。
  この映画に出てくる先生はごく自然体で、淡々と児童に接している。子供達はこの先生から生きていくのに必要なものを吸収していく。
  
  やがて先生も歳をとったので教職から身を引く事になった。その頃、スペイン内乱は激しさを増し、フランコ側が優勢になってきた。先生は共和派、モンチョの父は仕立屋だがやはり共和派。先生を尊敬し、服を仕立てて贈ったりしている。 
  やがてフランコ側の軍隊が町を占拠する。人々が見守る中、市役所から次々と共和派の人たちが引き出されてくる。モンチョのお母さんが子供に言う。お父さんは先生に服なんか贈りませんよ。そしてお父さんに共和派の悪口を大声で叫ぶように言う。此処がこの映画の悲しいクライマックスである。父は叫ぶ「犯罪者」「アカ」「不信者」・・・。
  モンチョも石を拾って先生が連れて行かれる自動車に投げつける。そして叫ぶ。「不信者」「アカ」・・・。先生はじっと見ている。然し遠ざかる車に最後に口をついて出た言葉は 「ティロノリンコ」(先生が教えてくれた、愛する相手に花びらを持っていく鳥の名前)「蝶の舌」であった。保身の為とは言いながら、父は共和派を罵倒し、子供は最愛の先生に石を投げる。正に踏絵である。映画はこの不条理を淡々と映し出している。
  
スペイン内乱に題材をとった映画は戦後随分作られた。「誰が為に鐘が鳴る」とか「自由と大地」は今でも強く印象に残っている。世界中から自由を守ろうという人達がスペインにやって来て義勇軍に参加し、フランコと勇敢に戦った。かのヘミングウエイも参戦し、小説を残した。然し内乱は結局フランコの勝利に終わってしまった。
  その義勇軍のOBたちが記念日にスペインに集まり気勢を上げていたが、今では報道もされなくなってしまった。現地での評価も、かつての様ではないようだ。少し前にスペインを訪れたときに聞いた話だが、フランコの評判は必ずしも悪くなく、道路や学校、病院等の公共投資を行った事が評価されていた。
  歴史は時と共に風化する。ファッショと戦い自由を守ったあの内乱も、すっかり忘れ去られてしまったのか。
      
                       (2001.08)