閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
日本型資本主義と 市場主義の衝突
                        ―――ロナルド・ドーア 
 近頃世の中はグローバル市場主義経済への移行が大きな流れになっている。アメリカは日本経済がいつまでも回復しないのは、その移行が遅いからだと苛立ちを見せている。そしてそのことが世界経済に大変悪い影響を与えていると非難している。80年代迄あれほど世界中で賞賛され、手本と仰がれていた日本的経営は一体何処へ行ったのだろうか。
  一冊の本が目にとまった。「日本型資本主義と市場主義の衝突」その帯にこんな事が書かれてあった。「日本は平等で効率的な安全社会を作り上げ、経済大国へと至った。何故アングロサクソン的競争一点張りの社会を目指して全面改革をしようとするのか」。
  著者ロナルド・ドーアはロンドン大学の教授であるが、大変な知日家で、日本の農村、下町、企業に就いて綿密な調査・研究をし、多くの著作をあらわしている。
  この本を読んで感心するのは、教授が実に良く日本的経営に就いて調べているという事である。人事制度・労働慣行・取引先や下請けとの関係・株式の持合や株主総会の運営、そして業界活動や官庁との関係等々。・・・・そしてそれら日本的経営が変化しつつある様子を克明に描いている。
  外國人、特にアメリカ人の書いたものを読むと、ジャーナリスティックでステレオタイプのものが多くつい反発を覚える。ともかく日本的経営が全て悪で、アメリカの唱える市場主義が如何に優れているかの一色になってしまう。

  日本は戦後ひたすら平等社会を目指して進んできた。既得権を守り競争を避ける仕組みを作ってきた。然しそれは次第に国際的な競争力を失う事になった。日本は一体何処へ行こうとしているのだろうか。この本はその問いに多くの示唆を与えてくれる。
  根元的な問いは、企業は一体誰の為にあるのかと言う事である。日本やドイツではそれは従業員の為にあるという答えが帰ってくる。アングロサクソン流の考え方ではそれは当然株主の為にあると言う事になる。
  株主価値を高めると言う事は簡単に言えば株価を上げることである。経営者にそのインセンティブを強力に与える為に、ストックオプション(株式購入権)というものが考えられてきた。株価を上げることはダイレクトに自らの利益に跳ね返ってくる。既にストックオプションはアメリカの大手企業200社の株式の13%に及んでいる。
  然しストックオプションは企業の会計には何処にも載っていない。もちろんそれが企業の業績をあげることに結びつくのだから結構なことであるが、どうしても自分の在任期間を睨みながら、短期業績を追及することになりがちである。悪くすると会社の将来を犠牲にする事すらありうる。また株価を故意に上げる行動につながりかねない。
  従業員の為か株主の為か、長期利益か短期利益か、ストック重視かフロー重視か。「日本型資本主義と市場主義の衝突」に於いて著者はアングロサクソン型の資本主義―――グローバリズムとフィナンシャリズムには否定的である。然しどうやら日本型資本主義がアングロサクソン型の資本主義に変わっていくことは止めようもないと見ている。
  著者は此処で、日本型に近いドイツの経営に就いて述べている。ドイツは所謂ライン型資本主義といわれ、社会資本主義であった。そのドイツに於いても、近年次第にアングロサクソン型の経営に変化してきていると著者は憂えている。
  その改革の帰結はより平等な、より連帯意識の強い社会でなく、より効率的なより競争的な社会である。「富むものを更に富ませ、貧するものを更に貧させる」社会である。教授は日本やドイツの将来を案じている。

  然し断固日本的経営を貫いて発展している会社もある。といっても従来から言われている日本的経営すべてを墨守している訳ではない。最近「最強のジャパン・モデル」という本が出た。著者は慶応ビジネススクールの柳原教授。この書は不況に拘らず成長を続けている7社をモデルとして調査研究し、日本的経営の強さの秘密に迫ろうとするものである。モデルに登場した7社は次のとおり。
  キャノン・シャープ・エプソン・日東電工・パトライト・福田金属・ヤマト運輸。このうちキャノン・シャープ・福田金属の3社には仕事の関係で直接接する機会があったので興味深く読む事が出来た。特にキャノンには足繁く通ったので、近年の目覚しい成長には関心が深い。
  著者はこれらの会社の特徴を「ストック型経営」にありと述べている。アメリカは典型的な「フロー型経営」。短期利益をあげるために猛烈な競争をする。仁義無き戦いに敗れたものは市場から去って行く。敗者は品物のように売買される。次第に市場は寡占化し、生き残ったものは利益を享受する。公正取引委員会が消費者の利益の為と自由に競争させた結果が裏目に出てくる。
  然し此処に上がっているモデル7社は競争を避けて成長している。それぞれ独自の技術を開発し蓄積し、独自の生き方を模索して成功している。同じ土俵に上がるから競争に巻き込まれる。通常は体の大きい方が勝つ。
  昔、福田金属を訪ねた事があった。工場に足を踏み入れた時驚いた。あまりにも大手精錬メーカーとの設備の違いにである。これでは生産性に於いて勝てないと思った。然し福田金属は今日も隆々としている。徳川時代の金箔から300年続いた家業の灯火を絶やさないで。ユーザーニーズにあった特殊グレードを素早く開発し、小ロット即納の体制を作り上げている。そこには絶えざる技術の蓄積がある。
  キャノンにはよく通ったものだ。そのざっくばらんな社風には好感が持てた。研究に力を入れその成果である特許の取得には社を上げて努力している。トップの最高の関心事でもあるようだ。更に製造現場の改善意欲には驚かされた。パートのおばさんに至るまでQC活動に参加、改善に知恵を絞りそれを積みあげている。作業標準は日々書き換えられる。
  またある時、開発を担当している技術屋と飲んでいたらこんな事を言った。「お互いにがんばりましょうよ。アメリカなんかに負けたらいけませんよ」。こんな台詞は最近聞いたこともなかった。
                                                 
  他人と同じ土俵で闘わない。独自の技術、独自の市場を開発、他と差をつけていく。勿論他はそれを真似てくる。然し蓄積した技術の上に新しく人が真似を出来ない技術を積み重ねていく。そこに常に優位性を保つ秘訣がある。        
  キャノンの基本目標の第一に全ての主力事業が世界ナンバーワンになる事をあげている。しかしこれはGEの掲げるナンバーワンとかナンバーツーとはいささか違う。GEは世界を相手に熾烈な競争に勝ち残れる力のある事業に投資する。会社を売ったり買ったりフロー戦略を展開して成長して来た。
  此処に挙げられている7社はストック経営であり、従業員の総智を結集し、蓄積していく。その為には従業員を大切にする。同時に株主を始めとして銀行や取引先との関係を重視し、内外の力を最大限に生かしていく経営である。 
  勿論日本的経営にも官との癒着、既得権の擁護,年功序列など悪しき慣行も沢山ある。然し前述したドァー教授が述べた如く、何故日本的経営の良さを捨てて、アングロサクソン的競争一点張りの社会を目指して全面改革をしようとしているのだろうか。日本の経営者も自信を持って日本的経営の良さを再認識すべきではなかろうか。
                          ( 2002.05)