閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次
          

おとうと

 

          

                  

  

  招福亭鶴瓶は吉永小百合を尊敬している。あの人は本当に良い人ですよ、立派な人ですよと言っているのを幾度も聞いたことがある。その鶴瓶が吉永小百合と「おとうと」で共演している。鶴瓶の張り切りようが目に浮ぶようだ。

  吉永小百合は父をなくし、義母と一人娘と三人で暮らしている。父の後を継いで東京の片隅で薬局を営んでいる。吉永小百合には一人の兄と一人の弟がいる。兄は厳格な人だが、弟はどうしようもないやんちゃで、大阪で暮らしているが、音信不通である。

  一人娘の結婚式の披露宴の席に突如弟が現れる。かって父の十三回忌の席で大暴れした前科がある。絶対に飲まないという約束で参加させる。ところが生来の酒好き、一杯やるともう止まらない。マイクを独占、唄うや演説をぶつやらもう大変。あげくのはてテーブルをひっくり返す騒ぎ。新婦側の面目丸つぶれ。兄貴はかんかん。

  やがて弟の女が訪ねてくる。貸した金を返せと言う。姉はやむなくなけなしの貯金を下ろす。さすがの姉も堪らぬ。弟に絶縁状を出す。

  その後弟は音信不通。姉は弟の顔色の悪かったことを心配し、警察に捜索願を出す。弟は末期の人の収容施設にいた。姉は大阪まで駆けつける。優しい姉に看取られ弟は息を引き取る。

  鶴瓶にぴったりの役どころ、ましてや尊敬する吉永小百合との共演、なかなかの熱演であった。対する吉永小百合は抑えた演技の中に、弟に対する愛情が切々と伝わり観る者の哀れを誘った。さすがであった。

  近頃テレビを見ていると、嫌な事件が頻発している。親が子を、子が親を、夫が妻を、妻が夫を、若者が恋人を、部下が上司を、近所の・・・おぞましい事件が伝えられる。借金の返済を迫られて、長患いの看護に疲れで、愛人に冷たくされて、近所が煩い、・・・理由は色々あるが、殺人を犯すほどかと思う。

  そんな中で、最近起こったことであるが、母親が五歳の子を殺したと言う事件があった。その動機と言うのが解せない。それはその子が夫に似ているので愛情がもてないと言うのである。子供は可愛い。ましてや自分の腹を痛めて産んだ子だ。如何に夫が憎くなったと言え、殺すと言うのは何であろう。しかも餓死させるという育ち盛りの子にとって最も残酷な方法で。

  わが国における家族制度は崩壊しつつあるとよく言われる。家族は国家の最小単位である。家族がしっかりしないと国家の基礎が揺らぐ。この映画の姉は弟を愛し献身的に尽くしている。弟はそれに甘えているのだがその意識はない。普段は遠く離れているところで気ままに暮らしている。困ったときはSOSを発してくる。しかも姉に甘えていると言う意識は全くない。昔は親戚縁者の中には、こんなひとは一人や二人はいたものだ。今では相手にされない。それが問題を起こすともいえる。

  しかし悲観ばかりしてはいけない。同じ鶴瓶が毎週NHKで放送している「家族に乾杯」と言う番組がある。前にも触れたが、鶴瓶がタレントを一人連れて、予告なしにぶっつけ本番各地を回って家族を訪問するのである。鶴瓶の巧みな会話にのせられて話が弾む。田舎にはまだまだ日本のよき時代の文化や伝統が残っている。

  仲の良さそうな老夫婦、息子は立派に家を引き継いでいる。嫁としゅうとも息が合っている。孫や曾孫も元気で人懐っこい。学校を訪れると、生徒の目は輝いている。

  「家族に乾杯」を見ていると心が休まる。最近視聴率も上がっているようだ。鶴瓶もすっかり調子づいている。同行したタレントも地方の純朴さに驚いている。

  この映画、山田洋次監督「おとうと」はベルリン映画祭に於いて特別功労賞を受賞している。外国でもこの姉の優しい生き方に共鳴するものがあるのではないか。

                    ( 2010.04 )