閑中忙あり   [観たり・読んだり・歩いたり] 目次

ルポ 貧困大国アメリカ

             ―― 堤 未果

明日はわが身、この書は日本の将来に海の向こうから警告している。

  考えてみればおかしなシステムを考え出したものだ。ブームとは恐ろしい。そのおかしなシステムがまかり通ってしまう。それは不動産が何処までも上がり続けるという妄想によるものだ。人のことは言えない。つい最近わが国でも株と不動産は上がり続けるものと信じられていた。バブルは崩壊してしまった。不毛の十年、何とか日本経済も復活を果たしてきたが、その後遺症はいまだに残っている。

  この書の著者、堤未果さんはニューヨーク州立大学の修士号を取得、米国野村に勤務していたが、九・一一事件後ジャーナリストとして活躍している。

   

  アメリカでは中流階級の消費が飽和状態になってきたとき、ビジネスは次のマーケットとして低所得者に狙いをつけた。「サブプライム・ローン」である。そしてこの債権を担保とした証券は担保価値としては怪しいが、高金利の為世界中に広まった。そして多くのファンドに組み入れられ、リスクとの関連が益々希薄になってしまった。

  やがてアメリカの不動産ブームは終焉を迎えた。サブプライム・ローンは途中から金利が上がる仕組みになっている。担保価値は下がる、金利は上がる。たちまち返済は不能、自己破産は急増した。

  連邦政府によれば、サブプライム・ローンを組んだ人は、その人口に比してアフリカ系五十五%、ヒスパニック系四十六%、白人は十七%とのことである。移住者にとってアメリカで家を持てるということは正にドリームなのである。その夢破れて自己破産の道を辿ることになってしまった。

 

  福祉重視のニクソン大統領から効率重視のレーガン大統領に代わって、アメリカの社会は大きな変貌を遂げた。大企業の競争力を高める政策は景気の回復を齎したが、労働者の福祉については厳しいものになった。アメリカの貧困率(四人家族、年二万ドル)は十三%,貧困児童率は十八%で此処五年間十一%も上昇した。

  アメリカの児童を見ると肥満児が多い。家が豊かで栄養が足りているからと思うととんでもない。安くてカロリーが高く、味が濃くて調理が簡単なものを食べさせられているからである。特に学校給食は日本でも有名なファーストフードが狙っており、この傾向は益々強くなると思われる。此の儘行くと二千十年には児童の半分以上が肥満児になってしまうと、国際肥満児協会が警告している。

 

  二千五年にハリケーン・カトリーナがメキシコ湾岸を襲った。ニューオーリンズ市では市の八割が水没し、大打撃をこうむった。被害を大きくしたのは、連邦緊急事態管理庁の対応の遅れに問題があったとされている。その原因はブッシュ大統領の時に、災害対策のような公共事業を民営化する方針を打ち出したからである。

  民営化になると、如何に被害を少なくして人命を守るかというより、災害対策費を安くあげることに努力が払われる。国民の命に係わる部分を民間に委託するのは如何なものか。国家が国民に責任を持つべきエリアを民営化してはならないのではないのか。

 

  前回映画「シッコ」を紹介した。アメリカの医療が如何に高額であり、低所得者が充分な医療が受けられないか、さまざまな角度から描かれていた。本書でも「一度の病気で貧困層に転落する人々」という一章を設けアメリカの医療制度の問題について述べている。

  アメリカの医療費は高い。日本で盲腸の手術代は四、五日入院して三十万円程度、ニューヨークでは一日入院で二百四十万円もかかる。アメリカの医療業界は事実上保険会社が握っている。保険のレベルによって治療の方法も変わってくる。保険会社は治療費を安く上げるためにその内容まで干渉する。

  それでも保険に入っている人はいい。アメリカでは無保険者が四千万人もいる。尤も高齢者医療保険制度、低所得者医療扶助制度があり両者で一億人近くの人が加入している。尤もその加入条件は厳しく、又この保険が連邦政府の財政を圧迫して問題になっているようだ。

 

  日本は学歴社会と言われているが、アメリカでも高卒ではいい就職先が見つからない。そこで大学に進もうと、育英資金や学資ローンに頼る。しかし充分な学資は得にくいし、卒業しても希望の就職先に恵まれるとは限らない。ローンの返済は容易ではない。そこへ軍のリクルーターがやってきて、さまざまな有利な条件を提示する。中でも学資免除の項目は魅力的で飛びつく。これで安心大学で学べる。しかし実情は、除隊後大学を卒業する兵士は十五%程度に過ぎないという。

 

  堤さんの著書はアメリカの社会に起こっている歪みをいろいろな角度から捉えている。日本も最近格差社会といわれて、少子高齢化の中で保険や年金をはじめとしてさまざま難問が出てきて、政治の舵取りが難しくなってきた。

  レーガン大統領の時代、市場経済を導入し、大幅な規制緩和に踏み切った。なんでも民営化、効率第一の世の中になった。経済は活気を取り戻し。その成功はレーガノミックスといわれ、イギリスを始め世界に輸出された。世はグローバル化の時代、わが国にもその波が押し寄せた。

  バブル崩壊後、不毛の十年、わが国は不況にあえいだ。やがて小泉政権の誕生、新政権は市場経済に舵を切った。規制緩和、民営化を着々進めてきた。景気も後遺症は残っているものの回復の兆しを見せ始めた。

  しかし市場経済、自由主義経済は厳しいものだ。元来人の能力には差がある。その差が累積して来ればやがて格差を生じ、少数の金持ちと多数のワーキングプアーを生んでしまう。健全な社会を支えていた中産階級は次第にその力を失ってしまう。企業とて同じことで次第に大手に吸収されてしまう。

 

  世の中なんでも市場経済で運用されればよいというものではない。国民の生命財産を守る為のシステム、社会正義を保つ為の規制、弱者の為のセフティネット、いかなる時代でも最低必要であろう。それから如何に市場経済とは言いながら、最近の石油や穀物のような人々の生活に大きく係わるものの投機について、国際的に何らかの規制は取れないものかとつくづく思う。それを放置しておくことは市場経済の崩壊につながる事になるのではなかろうか。

 

                      ( 2008.05)