海外に暮らして

村の学校
タマラとミアスの一日

スイスに暮らしていた頃、ビエリ一家は家族ぐるみでいつも暖かく私を迎えてくれた。
彼らが住むのは、トイフェンタールという人口150人程度の小さな山あいの村。
二人のお子さんをこの村の学校に通わせるモニカさんにお話を伺った。
(この記事は、当時ベルン日本人会の会報に掲載)

タマラとミアスの学校はこの村にあるたった一つの学校です。タマラは6年生、ミアスは4年生です。二人の家は学校の建物の2階なので、寝坊しても大丈夫。でも二人とも6時半には起きて元気いっぱい学校へ行きます。子ども達は早くから集まってきて、校庭でサッカーに興じています。学年に関係なくみんな一緒に遊びます。これから冬になって寒さが一段と厳しくなると、校庭はアイスホッケー場に変わります。毎日朝と夕方の2回、氷がきれいに張るように子ども達は校庭に水を撒きます。中にはタマラのように教室で自習している子もいます。学校には始業を知らせるベルはありません。先生が教室に入ったらそれが合図です。

教室は二つ1年生から3年生までの低学年と4年生から9年生までが一緒に学ぶ高学年に別れています。4年生は科目によって低学年になったり、高学年になったり、だから今ミアスは変幻自在です。生徒数はどちらも18名ほど。

授業の前に質問の時間があります。宿題が分からなかったり、先生に何か聞きたいことがある生徒は自由に質問します。先生や生徒が休日の出来事を報告しあったりもします。

1時間目は7時半に始まります。最初にみんなで歌を歌ったり頭と体の体操をします。授業はだいたい午前中毎日5時限ずつで、週に1〜2回午後もあります。後は自由に遊んでいいのです。

毎週月曜日にその週の学習計画が先生より配られ、それに基づいて生徒はそれぞれ自分自身の学習計画を立てます。宿題は毎日やらなければなりませんが、授業の空き時間にやってもよいし、家に帰ってからしても構いません。生徒一人一人の自主性に任されています。

同じ教室で複数の学年が一緒に学ぶのですから、先生から直接授業を受けるのはある一つの学年の生徒で、その他の子達はおのおの自習です。月曜日に立てた計画はその週のうちに、つまり金曜日までに終わらせます。土曜日は努力した結果をフィードバックします。一枚の表に努力した点やもう少し努力が必要な点などにつき自分なりの評価を与えます。先生や両親もコメントを書きます。

午前中の授業は11時50分に終わります。先生も生徒も家に帰って昼食を取ります。隣の村Buchenからも低学年の子どもが数人通ってきていますが、朝と昼、それに午後の授業がある日は午後も親が送り迎えをします。

町の学校と違い、少人数でアットホームな村の学校。上級生が下級生の面倒を見たり、親が交代で送り迎えをしたり、暖かい雰囲気に溢れています。同じ教室で上級生の勉強を身近に見ているので、進級した後どんな勉強が待っているか、自然に心の準備もできます。子どものことで先生に相談したいとき、親はいつでも学校に行き、先生と話をすることができます。先生は子ども達一人一人の個性や問題点を把握し、個別に対応してくれます。町のサーカス団に泊まり込みで体験入団というスリリングな経験、村ぐるみの運動会、遠足、子ども達は二度と来ない幼年時代を幸せな環境で過ごしています。

先週ちょうど学校のオープンハウスがあり、日本で言うところの「技術家庭科」の授業風景を参観する機会を得た。先生一人に4年生から8年生までの生徒6人、雰囲気としては日本の学校にある課外クラブといったところか。生徒それぞれが自分の作りたいものを作り、先生は一人一人にアドバイスする。タマラは暖かそうなベストを制作中。一重仕立てだが、縁かがりもきれいにできている。他には牛革からモカシンと呼ぶ手縫いの靴の製作に挑戦する子や、きれいな布をはぎ合わせて吹き流しを作る子、アイスホッケーのSC Bernに憧れてそのエンブレムをモチーフに枕カバーを作る子など。単に生活技術を身につけるというだけでなく、実際に使えるものをこの小学生の段階から教えているのには、さすがスイス、実益本位の合理主義を見る思いであった
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