構造改革に譲歩は禁物だ (大機小機 日経9月15日)

年率マイナス10%の名目成長率と5%の失業率に浮き足立つマスコミ論調に異議がある。

内閣府は現状をデフレと認定するが、日常生活費の8割が国際比較で割高な日本の物価が正常化しているだけではないのか。過去5年間の流通革命は大成功を収めつつあり、バーゲン価格で見れば、消費者物価は3割前後下がっている。ユニクロ現象を中国の驚異と結びつけるのは必ずしも正確でなく、低価格化の三分の二は流通合理化の成果である。

この5年間の賃金は上場企業でほぼ10%上昇した。失業者の増加要因は自営業と家族労働、自発的失業が主で、非自発的な失業は減っている。大企業の人員整理の7割は海外で、国内は自然減と採用抑制、子会社への転籍と賃下げ・定年延長の組み合わせだ。高齢層の非労働力かと女性の労働力かは世界的な傾向である。昔と違い、給料の遅配、欠配の話も聞かない。

日本を訪れた外国人が一様に「不況の国とは思えない」と驚くのは当然で、消費者にとって今ほど暮らしやすい時代はなかったのではないか。生活者の立場では、質は高いが値段も高い「衣」と「食」をもっと下げ、質が低くて値段は高い「住」の非合理性を徹底的に改善することこそが重要だ。物価を上げようとしている政府とインフレ政策を要求する一部の政治家や学者の発想は、旧態依然の成長至上主義といわざるを得ない。

「改革なしに成長なし」のスローガンは、無駄で不公正な過去(公共投資)を否定するための一種の方便であり、その先の日本は成長至上主義ではない。日本人は現在も結構幸せなのだから、5年先、10年先の暮らしがそこそこ安定して、それほど悪くならなければいい、という程度の覚悟はできている。

これからの経済と社会を明るく活気付かせるには起業が重要な要素になる。いわゆるベンチャーは資金のパイプもでき、放っておいても若者が挑戦する。むしろ自営業や主婦の家庭労働を代替するサービス業を起こしやすくすることだ。個人保証の有限責任化などで既存の自営業の円滑な退出を促し、同時にサービス分野などの創業を支援して、創業、廃業を共に増やし、新陳代謝を高めるべきだ。

対米テロで環境は不透明さを増しても課題は不変だ。構造改革は既得権を退けてけじめをつけることであり、公平で納得できる社会の実現に一歩たりとも譲歩すべきでない。 (望)