海外に暮らして

旅の目的 


ヨーロッパの夏は休暇の夏でもある。8月のパリはほとんどの店が閉まってしまい、せっかく日本から行っても通りは閑散として がっかりさせられた旅行者も多いだろう。オランダでも人々は何週間かまとまった休みを取り、冬の間不足しがちな太陽を追いかけて南へ南へと移動する。キャラバンと呼ぶトレーラーハウスをマイカーの後ろに引っ張ってハイウェイを移動するオランダナンバーのなんと多いことか。

滞在型と移動型、休暇のすごし方は大きくこの二つに分ける事ができるが、ヨーロッパの人はどちらかというと滞在型が多く、逆に日本人駐在員家族は移動型が多い。われわれ日本人から見ると、長い休暇をひとところでのんびり過ごせと言われても手持ち無沙汰で時間をもてあましてしまいそうな気がする。オランダ人女性と結婚しているイギリス人のミシェルは、逆になぜ日本の人は疲れを取るためではなく疲れに行くようなぎゅうぎゅう詰まった旅行をするのか不思議だと言う。ミシェルはある日本人にこう訊いたそうだ。「日本人駐在員はせいぜい数年間という限られた期間になるべくたくさんの場所を見ておきたいから忙しい旅行になると日本の人は言うけれど、ヨーロッパにかなり長くいる人も同じように駆け足旅行をしてるのはなぜなんだ」と。するとその日本人は「隣の人がテレビを買ったからうちも買うというのと似たような心理が働くから、同僚が5つの国を見てきたといえば、我が家も同じように五カ国かそれより少し多く6カ国に行かなくては、と張り合ってしまうのでしょう」と答えたそうだ。

ミシェルは滞在型ホリデーのメリットはその土地で「暮らす」ことによって地元の人との交流が生まれ、単に駆け足で通り過ぎていては見つからない楽しみと味わいがあると強調する。一箇所に長く滞在すれば、確かにあれもこれもと欲張って行動することもなく、時間を気にせず、人との出会いや新鮮な体験を楽しみながら、普段とは全く違う自分を発見できるかもしれない。当然のことながらその中身は人それぞれ、隣りと比べる基準など何もない。(あるとすれば、休暇の日数かもしれないが)

日本人駐在員が忙しく駆け足旅行をするのは、帰国してからではおいそれとそう簡単には訪欧もかなわないからという立派な理由があるとは思う。それに数週間まとめて休みを取れるような恵まれた駐在員はまずそうはいないだろう。そこはヨーロッパの人たちとは条件が違うのだから無理もないとは思う。だが、ミシェルが指摘したのは、その底に潜むone-upmanship という心理の反映だった。「一歩先んじたがること」と辞書に載っているこの言葉は、そう言われてみると日本では結構普通に見られる行動心理を言い表しているかもしれない。ことに消費行動には顕著に見られるのではないだろうか。旅行で言えば、どんな旅行をしたかということよりどこへ行ったかが重要で、究極的には行ったかどうかだけが問題にされる。同様に、消費面ではある商品がその人にとってどのような価値があるかということより、その商品を持っていること自体が肝心なことになっている場合が多くないだろうか。通りを歩いていると人々が大勢行列を作っている。先頭は見えない。なぜ並んでいるのかわからないが、とりあえず並んでみる。これなども形を変えたone-upmanshipの例かもしれない。

T.H.氏の閑中忙ありの最新記事「ザ・ブランド」でも似たような指摘があって、そうだそうだとひとり納得しているバグママであった。         (Aug. 21, 2002)


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