海外に暮らして

オランダが嫌いになりそうだった日


「その国を好きになることがまずはじめの一歩」、いろいろな国で暮らしてきて思うことだ。どのような国かはこの際あまり関係ない。どのような人と知り合い、どのような体験をしたか、人々の優しさや温かさに触れることが多ければ多いほど、その国が好きになる。これまでどの国も苦労したことはあったにせよ大好きな国だった。オランダも、外国人である私があまり外国に暮らしていることを意識せずに肩の力を抜いて暮らしていける稀有な国だ。オランダの寛容性、よそ者を両手を広げて歓迎してくれるそのおおらかさが好きだ。だが、時として想像もつかないような対応に遭い、でまかせや適当な返答でごまかされてそれが実害に及ぶに至って、もうイヤ、と思い始めていた。

例えばテレビの修理。スイスから持ってきて使っていたのでほぼ5年前のものだが、まだ壊れるには早い。それがある日突然、煙を吹いて壊れてしまった。修理屋に電話したところ、すぐに取りに来てくれて「明日電話する」と言った。翌日もその翌日も電話などない。こちらから催促すること数回。そのつど、

「修理したら電話する」
「部品が調達できない」
「部品を注文した」
「注文した部品が来ない」
「見積もりができたら知らせる」

そうやって延々引き伸ばされた挙句、ある日店まで行って直談判したところ、店内所狭しと置かれた中古テレビの中を探し回り、見つからないとなると、「○月○日に電話したが留守だったので、処分した」という答えだったのだ(家の電話は、必ず出先で受け取れるように転送しているのだから、それはありえないのに)。さらに、「本来なら家から店まで運んだ運賃を請求するのだが、それはしない」と、まるで便宜を図ったとでも言いたげだった。

この家は賃貸だが、入居の際にまだ未修理の部分がいくつもあり、その修理が全部済むのに1年半かかった。それも、担当のオランダ人は、何度催促してもなしのつぶてで、仕方なく「全部直すまで家賃は払わない」と書面で通告するという非常手段の末にやっと動いてくれた。

こんなことがしばしば起きる。

S国から車で来訪中だったH氏夫妻は、三日間の滞在の後、アムステルダムを発ってさらに北のほうへドライブを続ける予定だったが、出発間際に日本製の愛車が動かなくなり、計画を延期せざるを得なくなった。ついこの間ドイツ旅行中に故障して車のパーツを交換したばかりだそうで、その時とまったく同じ症状だという。ドイツではパーツの交換になんと3週間を要し、いったん汽車でS国に戻り、再度車を引き取りに行ったという曰く付き。

知り合いの日本人駐在員氏に連絡し、至急対応していただけないかとお願いした。そしてずいぶん奔走して下さったが、実際に仕事をするのはオランダ人なので、今ひとつ話がはっきりしない。修理担当者は「オッケー、今日はもう時間がないが、明日チェックしよう」と頼もしい。だが翌日行ってみると担当者が変わっており、「いつになるかわからない」とそっけない返事だった。5日間待ってやっと「直ったから引取りに来てくれ」との電話で行ってみると「えっ、そんな電話、誰がしたのか?まだ修理の最中だから明日来てくれ」。結局6日目に晴れて愛車が戻ってきたというわけだ。

こんな調子だから、何かひとつことが起こると疲れ方は日本より大きい。つい先日、私は路上でショルダーバッグの引ったくりにあった。アムステルダム市内、中心からやや外れの人通りの少ない路地だった。後ろからバイクが近づいてきたと思ったらあっという間の出来事だった。追いかけて、大声で叫んで・・・。逃げていくバイクの先に男性がいた。「捕まえて!」と叫んだが、その男性は立ったまま、バイクが通り過ぎていくのを見送るだけだった。

このままだったら、私はおそらくオランダが嫌いになっていたと思う。自分に非があることを認めないわけではないが、やはり住みにくいなと感じ、物事をマイナスに捉え、オランダのよいところに目をつぶってしまうようになったかもしれない。

だが、私は依然オランダが好きだ。遠ざかるバイクを見つめて、悲嘆にくれていたときに「気の毒に。私が力になるから」と救いの手を差し伸べてくれたオランダ人女性。ちょうど通りがかったという非番の警察官は、持っていた携帯電話で警察に連絡してくれた。すぐにやってきたパトカー。二人の警察官も「あなたが悪いわけじゃない。残念だけど、アムステルダムは危険な街なんだ。元気を出して」と励ましてくれた。

最寄りの警察所で事情聴取を担当した警察官もコーヒーを入れてくれたり、冗談を言って何とか私の気持ちをほぐそうとしてくれたりした。みな温かかった。

被害にあったことは残念だが、その落胆を補って余りあるほど、オランダ人のやさしさが身に沁みた。それだけではない。盗られたバッグはその日のうちに見つかった。現金、携帯電話はなくなっていたが、それ以外は自動車の鍵や家の鍵、運転免許証その他、すべて戻ってきた。これも窃盗さんの優しさだろうか。


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